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 「AI(人工知能)は我々が現在取り組んでいる中で最も本質的なテクノロジーだ」。米Google(グーグル)のスンダー・ピチャイCEO(最高経営責任者)は2023年2月7日、新たな対話型AI「Bard」を試験公開する声明でこう宣言した。

 Bardは質問文を入力すると、人間のように自然な文章で回答するAIだ。

 「ジェームス・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の新しい発見について、9歳の子供に教えてあげられることはありますか」

 「2023年、JWSTはグリーンピースと呼ばれる銀河を発見しました。この銀河は、小さくて丸く、緑色で、エンドウ豆のようであることからこの名前が付けられました」

 グーグルの発表によれば、Bardは「Webからの情報を活用し、最新で質の高い応答を提供する」(ピチャイCEO)。同社が開発した「LaMDA」と呼ぶ大規模言語モデルを使って開発した。検索エンジンをはじめとする同社のサービスへ搭載するべく、まずは一部の開発者向けに公開した。

「ChatGPT」に百家争鳴

 グーグルがBardを発表したその頃、世界は別の対話型AIの話題で持ちきりだった。米国の新興AI企業、OpenAIが2022年11月に試験公開した「ChatGPT」だ。自然でもっともらしい回答を即座に返してくれるその性能が世界中で話題になった。「ついにAIが人間を超える日が見えた」「依然として不完全。過信は禁物だ」。IT業界はもちろん経済紙から一般紙、テレビのニュース番組までがこぞって取り上げ、百家争鳴の様相を呈している。

ChatGPTを巡る主な動き
時期内容
2020年7月米OpenAIが大規模言語モデル「GPT-3」を発表
2022年11月米OpenAIがGPT-3を使って開発した対話型AI「ChatGPT」を公開
2023年1月米国の学校現場でChatGPTの使用を禁止するなどの動きが広がる
米マイクロソフトがOpenAIに数十億ドルを追加出資し、「独占的クラウドプロバイダー」としてOpenAIの事業基盤を担うと発表
米マイクロソフトが自社の検索エンジン「Bing」にChatGPTを改良した大規模言語モデルを搭載と発表
2月OpenAIが月額20ドルの有料サービス「ChatGPT Plus」を発表
米グーグルが対話型AI「Bard」を発表
米メタが大規模言語モデル「LLaMA」を発表

 「衝撃的な発表。誰でも使えて、期待外れではない答えを体験できるサービスが野に放たれた点がすごい」。企業向けにAIチャットボットの開発や運用を手掛けるカラクリの小田志門社長は驚きを隠さない。プロの目から見てもChatGPTの応答は自然で、「非常に刺激を受けた」(同)。

 対話型AIへの注目が日に日に増している理由はそれだけではない。情報収集や人と人とのコミュニケーションなどを主体としたインターネットの使い方を、大きく拡張する可能性があるのだ。

 例えば仕事で突如、海外取引先と英語で交渉する必要が出てきたとする。検索エンジンを使えば英文メールの書き方などを紹介するWebサイトが数多く見つかる。だが結局はユーザー自身が情報を取捨選択したうえで、自ら英文メールを作成する必要がある。

 一方の対話型AIは、ユーザーの問題解決を直接支援するツールになり得る。ChatGPTを使って日本語の文章を英語に翻訳する場合、あらかじめ「プロの翻訳家として翻訳してください」「ビジネスレベルの文章で」などと指示してから文章を入力すれば、ビジネス向きの丁寧な表現に置き換えて英文を出力する。しかも入力文をそのまま英語に翻訳するだけでなく、ビジネスメールにふさわしい結びの一文などを追加したりする。

 ChatGPTの登場はテック業界の巨人であるGAFAMも動かした。いち早く手を打ったのが米Microsoft(マイクロソフト)だ。2023年1月、OpenAIに数十億ドルを追加出資し、「独占的クラウドプロバイダー」としてOpenAIの事業基盤を担うと発表した。自社の検索エンジン「Bing」にChatGPTの技術を改良した大規模言語モデルを搭載するとも発表。OpenAIと協調し、同社の技術を積極的に取り込む姿勢を鮮明にした。

 対抗路線を選んだのがグーグルだ。「AIを使ったより革新的なアプリケーションを簡単に構築できるツール群やAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を開発する。信頼性が高いAIシステムを構築するために必要な計算力を確保するのは、スタートアップにとって非常に重要だ」。Bardの発表文の中でピチャイCEOは、個人の開発者やクリエーター、スタートアップに向けて自社の対話型AI技術を幅広く提供する方針を示した。

 米Meta(メタ、旧フェイスブック)も2023年2月、対話型AIの開発に向けて「LLaMA」と名付けた大規模言語モデルを発表。まず非商用の研究用途として限定公開した。発表声明の中でメタは「バイアスや有害なコメント、幻覚のリスクに対処するため、まだ多くの研究が必要だ」と強調した。背景にあるのは2022年11月に発表した対話型AI「Galactica」の反省だ。科学的な質問への回答や学術論文の要約など、科学者や研究者の支援を目的としたものの、不正確で不適切な回答が続出するとして、公開から数日で閉鎖に追い込まれた。

「グーグル検索の登場時に似ている」

 一連のChatGPT騒動は、テック業界における次なる担い手の可能性を象徴している。業績の変調や世界の規制当局による包囲網に加え、根幹である技術面でもGAFAMの基盤は揺さぶられている。「グーグル検索が登場したときの熱狂に似ている」。あるテック業界の有識者は、ChatGPTの現状をこう表現する。

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