2000年代前半に社会を揺るがす事態を招いたファイル交換ソフト「Winny」。その開発者である故金子勇氏を主人公とする映画『Winny』が、2023年3月10日からTOHOシネマズほか全国で公開される。2000年代前半は今につながるネット文化の黎明(れいめい)期。ADSLや3G携帯電話の普及が始まり、誰もがブロードバンドでネットを楽しめるようになっていた。同時に「ネット発」の事象が現実社会にさまざまな影響を及ぼし始めた時期でもあった。Winnyの開発と熱狂、そして金子氏の逮捕と有罪判決は、著作権侵害や違法コピー、データの共有やソフトウエア、サービスの倫理観など現在につながる様々な課題を世間に知らしめた事件であり、「あの時代」を象徴する出来事の1つなのは間違いない。
今回はプレイステーションやXboxの開発に関わり、ゲーム開発者会議CEDECの立ち上げに関わるなどゲーム業界で数々の実績を持つフリープログラマーの吉岡直人氏に、映画『Winny』で呼び起こされた「想い」を語ってもらった。
こんなところに映画の学校があるのか――。2023年2月某日。僕の映画好きを知っている編集者の誘いで、映画『Winny』の試写会に参加するべく、渋谷・円山町のビルを訪れました。試写会場の映画美学校試写室は僕がよく行く映画館「ユーロスペース」と同じビルにありました。
映画『Winny』はP2Pファイル共有ソフト「Winny」の開発者で“天才プログラマー”と称された故金子勇氏を主人公にした映画です。今回、このような形で劇場用映画になったのはとても感慨深い。「プログラマー」が主人公の、本格的な長編映画が日本でついに作られたのは画期的です。
先に結論を言うと僕はこの映画を十分に楽しみました。特にプログラマーのリアルな描写が気に入りました。また、映画が示した問題提起も挑戦的です。テクノロジー(特にメディアテクノロジー)の変遷に伴う「権利」の扱いの問題は、いまだに本質的には未解決のままだからです。昨今の「AI(人工知能)」の急速な発展で、「クリエイティブ」の位置づけも変化を迫られています。そんなタイミングにマッチしています。
プログラミングのシーンには本物のツールとコードが登場
映画の冒頭は、金子氏がプログラムを書くシーンから始まります。このシーン、劇場でかかる商業映画では珍しく、本物のツールとコードが登場します。ここは個人的に大きな見どころでした。
金子氏はPCや、オレンジジュースの空きボトルが散らばったアパートの部屋で、1人夢中になってノートPCでプログラミングをしています。使っているエディターは「秀丸」かな? とにかくタイピングが速い!
劇中で金子氏は、普通のプログラマーが3年かかる開発を2週間で終わらせる、10年に1人の才能と評されていました。このシーンで金子氏が書いていたコードを見てもそれはうかがえました。詳細までは分かりませんでしたが、変数名やクラス名が無頓着なものに見えたからです。そういうコードを書けるのは、頭の中にプログラムの構造が全部できており、それを一気に吐き出すタイプ、僕が「モーツァルト型」と呼ぶタイプのプログラマーだけです。
僕は3年かかる側の普通のプログラマーです。ですから、変数名やクラス名にはちゃんと「意味」を持たせます。それを頼りに試行錯誤しながら、プログラムコードが動くように仕立てていくからです。僕レベルだとそういう風に作らないと、僕自身が作るプログラムの構造が把握しきれなくなってしまいます。
しかしどうも金子氏は違ったようです。ごくたまにこのようなタイプのプログラマーがいます。頭の中に全てできていて、あとはそれを吐き出すだけだから、タイピングもものすごく高速なのです。すごいなあと思います。ちなみにそのシーンで金子氏がアクセスしているのは巨大掲示板の 2ちゃんねる。そこに「Winny」のリリースを宣言することで物語が始まります。