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 結局、低価格な新型電気自動車(EV)の発表はなかった。米南部テキサス州オースティンの会場に詰めかけた投資家は肩を落とし、オンライン中継を見守った人々はため息をついた。

 「期待外れ」の烙印(らくいん)を押されたのは米Tesla(テスラ)である。同社は2023年3月1日に投資家向けの説明会「2023 Investor Day」を開催した。2030年までに年間2000万台もの電気自動車(EV)を生産するという壮大な計画を達成するための、手ごろな価格の次世代EVの発表を皆が待っていた。

投資家向けの説明会で話すテスラCEOのイーロン・マスク氏(ステージ中央)
投資家向けの説明会で話すテスラCEOのイーロン・マスク氏(ステージ中央)
3時間半にわたる説明会で次世代プラットフォームやメキシコ新工場などを発表したが、低価格な新型EVについては明言を避けた。(写真:YouTubeにおける中継動画を日経クロステックがキャプチャー)
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 3時間にわたる説明会では、ベールをかぶせた次世代EVのイラストを示すにとどめた。複数のモデルを準備していることだけは分かった。説明終了後の質疑応答は30分ほど続いたが、具体像は見えなかった。同社CEO(最高経営責任者)のElon Musk(イーロン・マスク)氏は「正式な製品イベントは今後開催する」と明言を避けた。

 2030年までに年間2000万台ものEVを生産するためには、低価格なEVの投入は欠かせない。「1000万台クラブ」のトヨタ自動車やドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン)を飛び越えるための必須条件だ。テスラが掲げるミッション「世界の持続可能エネルギーへのシフトを加速すること」を達成する上でも、次世代EVが重要な役割を担うのは言うまでもない。

 3時間半の長丁場となった説明会は、すっきりとしない後味で終わった。それでも、発表内容を冷静に見ると、テスラの革新を予感させるには十分な内容だった。

 テスラは次世代EVで、専用プラットフォーム(PF)やパワートレーン、電気/電子(E/E)アーキテクチャーを刷新する。さらに、充電網やサプライチェーン、車両や電池の製造拠点を進化させる。EVを充電する再生可能エネルギーの普及に向けた定置用蓄電池の取り組みも加速させる計画だ。

「最も重大な構造変化」を次世代EVで

 「Unboxed Process(アンボックストプロセス)」――。これが、テスラが用意する次世代EV専用PFの最重要キーワードである。車両の組み立て工程を根本から見直すことで、製造コストを半減できるとする。マスク氏は「これまでも数多くの細かな改良を重ねてきた。だが、最も重大な構造的な変化は将来のEVで実現する」と語り、次世代PFに自信をのぞかせた。

 同社Vice Presidentで車両エンジニアリングの責任者を務めるLars Moravy(ラース・モラビー)氏は、「Henry Ford(ヘンリー・フォード)氏が(ベルトコンベヤーの生産ラインを使う)車両の組み立て方法を発明してから約100年がたつが、これに変化を起こすのは本当に難しいことだ。それでも、生産方法をもう一度考え直さなければならない」と力を込める。

テスラVice Presidentのラース・モラビー氏(左)
テスラVice Presidentのラース・モラビー氏(左)
車両エンジニアリングの責任者を務める。(写真:YouTubeにおける中継動画を日経クロステックがキャプチャー)
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 テスラが刷新の余地を見いだしたのは、ボディー骨格という大きな“箱”に部品を順番に取り付けていくプロセスだ。「T型フォード」の大量生産を可能にした考え方で、多くの自動車メーカーが現在も採用を続ける。テスラも例外ではない。