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 海外では既に盛んになっているVPPの商用サービスが日本でも始まりつつある。再生可能エネルギーの買い取り制度の変更や電力取引市場の拡充がきっかけだ。VPP事業に参入、または参入を予定する企業は100社を超える可能性がある。そこでは蓄電システムが大きな役割を果たしそうだ。

 仮想発電所(VPP)事業を始めているのは米Tesla(テスラ)だけではない。世界では既に多数のVPP事業者がいる。その中でも“老舗”は、2011年に事業を始めたドイツNext Kraftwerke(ネクストクラフトベルケ)だ(図1)。束ねた分散型電源の合計出力も世界最大級で約12.3GW。これは典型的な原子力発電所12基分を超える。

図1 世界最大のVPPは原発12基分の規模
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図1 世界最大のVPPは原発12基分の規模
ドイツNext Kraftwerkeが構築し、運用中のVPPの出力合計の推移。初稼働から約12年で出力合計は12.3GWと原発12基分になった。参加システム1件当たりの出力は約0.8MWで、比較的大型のシステムの参加が多いことが分かる(出所:Next Kraftwerke)

実証実験の終わりが見えた

 一方、日本は、実証実験こそ比較的早い2015年ごろから始まっており、そこに参加する企業は、RAやAC、VPPシステムプロバイダーなども含めると100社を超える。電力会社に限らず、さまざまな業界からの新規参入組も多い。しかし、商用化は遅れている。発電事業者が少なく、再生可能エネルギーの導入割合も小さく、電力の取引市場も活発でないなどの理由だ。経済産業省などの助成付き実証事業に採択されて“満足”してしまう参加企業が多かったのも商用化が遅れた一因だといえる。

†RA(Resource Aggregation)=分散型電源を多数束ねて、1つの電力源として扱えるように出力を制御(群制御)する機能、またはその事業者。
†AC(Aggregation Coordinator)=各RAがVPPで束ねた電力をさらに束ね、「電力広域的運営推進機関(OCCTO)」とのやり取りや、送配電事業者、あるいは電力取引市場と取引をする機能、またはその事業者。RAと同一事業者になることもある。

 それでも1~2年前から、VPPを商用化するケースが急速に増えてきた(表1)。しかも、VPP事業のための新会社を立ち上げる例が少なくない。変化のきっかけは大きく2つある。(1)それまでの再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度「FIT(Feed-in Tariff)」が2022年4月に「FIP(Feed-in Premium)」に切り替えられたこと、(2)これまで卸電力市場しかなかった電力市場にさまざまな種類が追加され、取引環境が大きく整う見通しになったこと――である。

表1 商用化済み、または商用化を計画する国内の主なVPP、V2H、V2B事業者または関連システムベンダーとその事業内容の例
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表1 商用化済み、または商用化を計画する国内の主なVPP、V2H、V2B事業者または関連システムベンダーとその事業内容の例
これでも実証実験に関わっている企業のほんの一部である(日経クロステック調べ)

FIP導入がビジネスチャンスに

 (1)についてこれまでのFITでは、再生可能エネルギーの発電事業者は、市場価格と無関係に固定価格で電力を買い取ってもらえることが保証されていた。一方、FIPでは、電力を自ら売らなくてはならない。加えて、既存の発電事業者同様、詳細な発電計画を毎日、電力の需給バランスを監視する機関「電力広域的運営推進機関(OCCTO)」に提出しなければならなくなった。

 さらに、事前に申告した計画発電量と実際の発電量が異なると、そのずれ分に対して「インバランス料金」と呼ばれる一種のペナルティーが科される。これはかなり高額で、電力の卸売価格の10倍以上になることも珍しくない。出力を予測しにくい再生可能エネルギーの場合、これは非常に大きなリスクだ。しかも、特定の地域だけで発電するケースでは、リスクはさらに大きくなる。

 もっとも、それまでのFITとの継続性という観点から、仮に1年前の市場価格と同じ価格で売ることができれば、売電の売り上げがFITと同じ10円/kWh相当になるように、「プレミアム」という名の補填を受けられる。

 ところが、再生可能エネルギーの発電事業者は多くが小規模で、これまで市場取引をしてこなかったケースがほとんど。そうした事業者にとっては1年前と同じ価格で売ること自体が非常に高いハードルになる。しかも、運営コストやインバランスのリスクは別にかかってくる。

 VPPに参加すれば“発電計画の作成の負担解消やインバランスリスクの軽減”という対価を得られる。TeslaがVPP参加者に支払う報酬とは別の形ではあるが、メリットは大きい。それしか選択肢がないという発電事業者も多いはずだ。

 今になって商用化するVPP事業者が急速に増えているのは、再生可能エネルギー発電事業者からの切実な要望を聞いて、今がビジネスチャンスだととらえているからだ。

VPPは規模が大きいほど有利

 ちなみに発電事業者に代わってこうした負担やリスクを負う格好のVPP事業者は大丈夫だろうか。もちろん、リスクは小さくはない。ただし、VPP事業では2つのスケールメリットが効く。1つは束ねる分散型電源、特に再生可能エネルギーは一般に拠点数が多く広域に散らばっているほど、束ねた出力が安定し、予測から外れるリスクが減る点。もう1つは、各種手続きの代行サービスは、各発電事業者と1対1ではなく、多数の発電事業者を束ねた電力に対して行えばよい点だ。システムをうまく作れば相当な規模のVPP事業でも少ない人的リソースで済む。ちなみに上述の世界最大のVPP事業者であるNext Kraftwerkeの従業員は254人。それで、1万5000件超の分散型電源、出力合計で原発12基分超の電力を管理している。

時間スケールごとに市場

 もう1つの商用VPP増加の理由である(2)、つまり電力取引市場の整備が整いつつあることも大きい(図2)。VPP事業者にとっては、束ねた分散型電源の電力をお金に変える“マネタイズ”の手段が増えることを意味する。

図2 全面的な市場取引が2024年度に始まる
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図2 全面的な市場取引が2024年度に始まる
経済産業省が進める電力取引市場の細分化とそのスケジュール。電力系統の出力変動を周波数分解すると、長周期から極短周期までさまざまな成分に分かれる(a)。経済産業省は、電力市場もこれに合わせて細分化し、大きくは3市場、“商品”レベルでは7段階で取引する設計にした。2024年度にはほぼすべてが取引可能になる。英国では一部始まっているが、疑似慣性力と呼ばれる1秒以下の応答に対応する8番目の市場も2030年ごろに設けられる可能性がある(出所:(a)は経済産業省、(b)は経済産業省の資料などを基に日経クロステックが作成)

 増える電力市場はそれぞれ、入札、または発電指令を受けてから実際に出力するまでの時間の長さに対応している。最も長い時間スケールは4年で、それに対応するのが「容量市場」だ。具体的には、4年後に発電する電力量をオークションする。これが軌道に乗れば、まだ案件ベースの発電インフラに顧客から予約が入るようになるわけで、開発事業者は投資のリスクを減らせる。既にオークションは2020年7月に始まっており、2024年度にその実需給が始まる。

 10秒~45分の時間スケールで、需要と供給量のギャップを埋めるための電力を扱う「需給調整市場」は、電力業界では「ΔkW」市場とも呼ばれる。これも実際には応答時間ごとに3次調整力(2)、同(1)、2次調整力(2)、同(1)、そして1次調整力の5種類に分かれる。

 ただし、現時点で利用可能なのは、3次調整力(2)と同(1)。残りが取引可能になるのは容量市場と同じ2024年度である。このため、現在実証実験を続けている事業者も2024年度に商用化するとしているところが多い。