日本でも多数の企業が参入見込みの仮想発電所(VPP)事業だが、その技術的な参入障壁は意外に高い。システムの可否が、事業内容の選択の幅や成否に直結する。電力取引市場では、人工知能(AI)も大きな競争軸になりそうだ。技術的に目立つ取り組みをしているVPP事業者やシステムを紹介する。
仮想発電所(VPP)事業者に名乗りを上げつつある企業は非常に多い。VPPのためのシステムベンダーも多数登場している。ただ、VPPでは、多い場合は1万件以上の分散型電源を束ねながら、各電源を状況に応じて迅速かつ低コストに制御して、それらの電力の合計を狙った値にしなければならない。典型的なIoT(Internet of Things)技術であるのに加えて、高速応答性や高い精度の制御技術が求められるわけだ。これは、誰でもできる簡単な技術ではない。
現状では、それを避けるように束ねる対象を比較的規模の大きい発電事業者に絞っているVPP事業者が多い。VPP本来の小規模な電源を多数束ねるのが得意な事業者や利用可能なVPPシステムはおのずと限られてくる。
家庭向けVPP大手はやはりTeslaか
小規模の分散型電源を避けている典型例がVPP世界最大手といえるドイツNext Kraftwerke(ネクストクラフトベルケ)だ(図1)。同社は、束ねる電源数の数こそ約1万5000件超と多いが、対象としているのはメガソーラーなど比較的大型の発電システムがほとんど。ドイツでは太陽光パネルを屋根に載せている住宅も多いが、同社は「住宅はビジネスの対象としていない」と明言している。コスト的に採算が合わないというのが理由だとみられる。
結果として、住宅など小規模な分散型電源を対象にした商用VPPでの世界最大手は米Tesla(テスラ)になりそうだ。同社は、同社製家庭用蓄電システム「Powerwall」に組み込んだソフトウエアと、スマートフォンのアプリを使って、後付けかつ低コストで、大規模なVPPをあっという間に構築してしまった。ICT(情報通信技術)への親和性の差が、ビジネスモデルの選択肢にも影響を与えた格好だ。
通信系の強みを発揮
日本で、住宅にある小規模分散型電源を束ねる大規模VPPに挑戦している事業者の一組が、エナリス†とKDDI(以下、エナリス)だ。通信系であることを生かした他社ではあまり例のないシステムをつくり上げ、2023年2月時点で約1万7000件の分散型電源を束ねているとする。
具体的なエナリスのVPPシステムの特徴は大きく3つ(図2)。(1)制御時に時間の遅れ(遅延)が少ない、(2)システムが低コスト、(3)フィードバック付きの制御で精度を高めている――ことだ。
(1)は低遅延とも呼ぶ。これは、同社が通信にKDDIの第5世代移動通信システム(5G)ベースの回線を用いる方針であること、そして、制御機能の重要な部分をインターネット上のクラウドではなく、分散型電源に近い位置の「MEC:Multi-access Edge Computing)」に置くことで実現した。VPPでは応答が10秒以下での制御が求められることがあるが、遅延が大きいとそれが難しい。
また、(2)のコストについて、VPPでは一般にはクラウドに置いたRA(Resource Aggregation)という制御用サーバーと、各分散型電源の近くに設置したエッジ端末で、各電源を制御する。ところが、分散型電源は数が多いため、エッジ端末のコストが高いと、初期コストが非常に大きくなってしまう。エナリスの場合、RAとエッジ端末の演算機能の一部を上述のMECに移した。結果、エッジ端末の機能はほぼルーターにまで簡素化でき、端末コストを下げられたとする。
指令の出しっ放しでは失敗
(3)のフィードバックは、制御技術としては一般的な機能だが、「他にやっているところを知らない」(同社 事業企画本部 副本部長 兼 みらい研究所 所長の小林輝夫氏)。VPPのような遠隔操作でしかも遅延が大きければ、制御指令を送り、その結果を把握してそれに応じた制御を再びかけるのは容易ではないのは確かだ。
実際、エナリスが実証実験で組んだ別のRA事業者は、蓄電池に制御指令を送った後、蓄電池が勝手に動き出すのを抑えることができず、狙った制御効果を得るのに失敗していたという(図2(c))。
数万台の蓄電池集約で実績
自ら発電事業も手掛ける電力事業者の自然電力も、VPP事業ではこれまで「個人をターゲットにしてきた」(同社 執行役員 デジタル事業部長の松村宗和氏)とする注1)。
同社は「Shizen Connect」と呼ぶVPPシステムと、それを使った各種VPPサービスを提供している(図3)。低コストと低遅延実現のための工夫は明らかにしていないが、まだ実証実験ベースとはいえ、既に蓄電池数万台、容量にして約250MWhを束ねているとする。また、多くの大手蓄電システムベンダーと協力関係にある点が強みだ。