仮想発電所(VPP)が拡大していけば、電力の平準化コストが下がり、再生可能エネルギーの大量導入に拍車がかかりそうだ。ただし、電力系統に関する最後の技術的課題が立ちはだかってくる。それが、「慣性力」不足問題だ。もっとも技術的には、既に画期的な対応策が開発され、世界での実装が始まっている。これによって、電力系統の周波数を維持する“指揮者役”が、従来の火力発電所から蓄電システムなどへ交代していくことになる。
仮想発電所(VPP)が普及すれば、その電力系統平準化機能によって、再生可能エネルギーの出力変動問題や、調整力不足問題の多くが軽減し、さらに再生可能エネルギーを導入しやすくなる。そうなれば、米Tesla(テスラ)も目指すという再生可能エネルギーが支配的な電力系統の実現が見えてくる。
ところが、そこに大きな課題が新たに立ちはだかってくる。「慣性力不足問題」だ。慣性力とは、これまでの電力系統の主軸だった蒸気タービンと発電機から成る同期発電機が持っている回転の運動エネルギーの合計である注1)。これは、やじろべえが良いアナロジーになる(図1)。
慣性力はやじろべえでいえば腕の長さに相当する。腕が長いと、腕が短い場合に比べて、同じ衝撃を加えても安定性が高い。元に戻ろうとする“復元力”が働くうえに、揺れる場合もよりゆっくり動く。
電力系統の衝撃吸収機能
電力系統での慣性力も同様だ。一部の発電所が急停止するようなトラブルで系統の電気エネルギーが電力需要を下回り、周波数が下がった場合に、回転の運動エネルギーが電気エネルギーにほぼ瞬時に変換され、周波数を元に戻そうとする復元力の源になる。これは10秒以下の応答である1次調整力よりもさらに短時間、具体的には数m秒~1秒の超高速応答であるため、電力系統の衝撃吸収機能とも呼ばれる。
しかも慣性力が大きいと、周波数の変化率(RoCoF:Rate of Change of Frequency)が小さくなる。トラブル発生後、RoCoFが小さいと、同じ0.2Hz分変動する場合でも、より長い時間を要するため、その間に別の対策、例えば、1次調整力などの出力変動の緩和策を打てる。
再エネには慣性力がない
問題は、再生可能エネルギーの主軸である太陽光発電と風力発電、そして平準化を担う蓄電システムには、慣性力が自然には備わっていないことである。
より詳しく説明すると、太陽光発電/風力発電/蓄電システムは、同期発電機を備えていない。風力発電はタービンで発電するが、その回転速度は風速で決まり、電気系統には同期していない。代わりにパワーコンディショナー(PCS)、機能的にはインバーターで電力系統につながっている。このため、PCSに何も対策をしない場合、電力系統の発電源に占める再生可能エネルギーの割合が増えると、慣性力が減ることになる。すると、電力系統の不安定性が高まる。具体的には、ちょっとした発電所のトラブル、あるいは、需要の急変動で停電するようになってしまう。それが慣性力不足問題である注2)、注3)。