量子コンピューターの開発が、世界的に加速している。先行するのは米IBMや米Google(グーグル)、理化学研究所などが手掛ける超電導方式だが、方式はそれだけではない。日本でも様々な研究機関や企業が、他方式の量子コンピューターの研究開発を進めている。
具体的には超電導方式以外に、シリコン方式や光量子方式、イオントラップ方式、冷却原子方式などの量子コンピューターの研究開発が日本で行われている。日経クロステックでは既に超電導方式については詳細に伝えてきた。
そこで本特集では、超電導方式以外の開発状況をリポートする。第1回はシリコン方式だ。
シリコンチップ上の量子ドットに「電子1個」を閉じ込める
シリコン方式の量子コンピューターは、シリコンチップ上に作った「量子ドット」と呼ぶ箱のような存在に電子を1個だけ閉じ込め、電子のスピンによって生じる磁場の向きを量子ビットとして使う。
極めて低温の環境に置いた量子ビットに対してマイクロ波を照射することによって量子ビットを制御したり、量子ビットの情報を読み出したりする仕組みは超電導方式と似ている。超電導方式と比べた場合のシリコン方式のメリットは、シリコン方式の方がより高い温度で稼働できる点だ。
超電導は10ミリケルビン、シリコンなら100ミリ~1.5ケルビン
超電導方式では、量子ビットを絶対零度に近い10ミリケルビン程度の極低温に置く。超電導方式の量子コンピューター用に開発された最新の希釈冷凍機を使っても、ドラム缶ほどの大きさの冷却部分のうち10ミリケルビン程度に冷やせるのはごく一部。そのため、超電導方式は規模拡大に大きなハードルがあるとされている。
それに対してシリコン方式の基礎研究結果では、量子ビットが100ミリケルビンから1.5ケルビン程度で動作する。そのため超電導方式に比べて希釈冷凍機を小型化できたり、量子ビットの近くに発熱する周辺機器を置けたりするといったメリットがある。
量子ビットが量子状態を保てるコヒーレンス時間や計算操作であるゲート操作の正確性を表すフィデリティー(忠実度)については現状、基礎研究のごく小規模なレベルであれば、シリコン方式は超電導方式と遜色ない。
一方、シリコン量子ビットを集積した状態で狙った量子ビットのみを制御する技術などは発展途上だ。シリコン方式はひとたび制御技術が確立すれば、既存の半導体技術との融合で一気に量子ビットの大規模化が見込めるとして、日本では産業技術総合研究所(産総研)や理化学研究所(理研)、日立製作所らが研究を進めている。
産総研は集積化時の製造上の課題を解決
産総研はシリコンに量子ビットを集積する際に、製造のばらつきによる不良を抑える技術を開発した。2022年9月に千葉市の幕張メッセで開かれた、固体素子や材料分野におけるアジア地域最大級の国際会議「国際固体素子・材料コンファレンス(SSDM)」で発表し、同技術で特許も取得した。
シリコン方式の量子コンピューターは、量子ビットとして使う電子を1個ずつ量子ドットに閉じ込める。この量子ドットの精度が甘いと、電子をうまく量子ドットに収めたり、閉じ込めたり、計算に必要な操作を正確に実行したりすることが難しくなる。その結果、量子ビットのエラー率が高くなり、意味のある計算結果を得にくくなってしまう。
そこで産総研デバイス研究部門新原理デバイス研究グループの森貴洋上級主任研究員らは、シリコンの表面に量子ドットを作る際に下層に特殊な膜を入れると、量子ドットを構成するゲート電極の位置のずれによる性能の低下が小さくなることを発見した。