日本国内における超電導方式以外の量子コンピューターの研究開発をリポートする本特集。第3回は沖縄科学技術大学院大学(OIST)や大阪大学らが開発を進めるイオントラップ方式の量子コンピューターを取り上げる。
イオントラップ方式の量子コンピューターは、原子から電子を1つ取り去ったイオンを空間上に留め置き、量子ビットとして用いる。イオンは固体デバイスのように製造時の問題による品質のばらつきがないため、量子ビットの特性が均一で欠陥がないのが特長だ。現状、1量子ビットや2量子ビットの量子ゲート操作において、基礎研究では最も高い精度を誇る。量子状態を保てるコヒーレンス時間が長いのもメリットだ。
イオントラップ方式では、最も外側の軌道を回る電子が2つである原子から電子を1つ取り去ったイオンを用いる。電子軌道や電子スピン、核スピンで決まるイオンの内部エネルギー状態を量子ビットの0と1に対応させる。
イオントラップ方式の量子コンピューターにおける基本的な仕組みはこうだ。まず光イオン化レーザーでイッテルビウムやカルシウムなどの原子に2つの異なる波長の光を当てて電子を励起し、イオン化させる。さらにリポンプレーザーと2種類の冷却レーザーを使ってイオンを1ミリケルビン未満まで冷やし、イオンの熱運動を止める。2種類の冷却レーザーのうち1つは、演算前に量子ビットを初期化する際にも用いる。その後、量子ビット励起レーザーで必要なゲート操作を実行する。
イオンは環境変化などによるノイズの影響を受けるのを避けるため、真空チャンバー内のイオントラップで捕捉する。イオントラップは電場の制御によってイオンを空中に留めておく機能を持つ。レーザーと真空チャンバーの間には、光の経路や周波数を切り替えたり集光したりするために、ミラーや音響光学変調器、レンズなどの光学系機器を置く。
量子ビットの情報は画像増強装置付きのカメラや光電子増倍管といった光検出装置で検出し、演算に必要な制御を担う電気パルス制御・信号処理系のシステムに送ったり、演算結果として読み出したりする。
イオントラップ方式の大きな課題が、大規模化技術の開発だ。
大規模化には課題、基礎技術の開発が進む
基本的なイオントラップ方式はイオンを横一列に並べる。原理的には並べるイオンを増やせば量子ビット数を拡張できるが、1つのイオントラップに数百~数千のイオンを並べて制御するのは非常に難しく、現在の技術では現実的ではない。イオンが増えるほど、狙った操作を加える際にレーザーの周波数をシビアにコントロールする必要があるためだ。そのため、異なるイオントラップ同士を結びつける技術が必要になる。
OIST量子情報物理実験ユニットの高橋優樹准教授は、異なるイオントラップ内のイオン同士を光によって結びつける技術の開発を進めている。この技術は「光子相互接続法(光接続法)」と呼ばれる。
接続にはイオンを励起して特定の方向・タイミングに発光させ、単一の光子として取り出す必要がある。高橋准教授はイオンを光共振器という合わせ鏡のような機器で挟み込み、特定の方向に光子を放出させるデバイスを開発する。