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 日本国内における超電導方式以外の量子コンピューターの研究開発をリポートする本特集。第4回は自然科学研究機構分子科学研究所(分子研)らが開発を進める冷却原子方式の量子コンピューターを取り上げる。

 既に超電導方式やイオントラップ方式の量子コンピューターは実機が公開されているが、これらに続いて実機が実現しそうなのが、今回取り上げる冷却原子方式の量子コンピューターだ。しかも、いきなり数千量子ビットの実機になる可能性がある。

 冷却原子方式はレーザー光で絶対零度付近である10マイクロケルビンほどに冷却した原子を光ピンセットと呼ばれる手法で捕捉することで量子ビットとして用いる。量子ビットが量子状態を保てるコヒーレンス時間が1秒~数秒と長い点や、量子ビットを物理的に移動させて全結合させられる点、超電導方式やシリコン方式、イオントラップ方式に比べて大規模化が容易な点などがメリットだ。

 多くのメリットがある冷却原子方式だが、一方で2つの量子ビットを量子もつれ状態にする2量子ビットゲートを高速かつ正確に実現するのが難しい点が課題だった。ところが2022年8月、分子研の研究が大きなブレークスルーをもたらした。

冷却原子方式の量子コンピューター開発に大きなブレークスルーをもたらした大森研究主幹(右)ら
冷却原子方式の量子コンピューター開発に大きなブレークスルーをもたらした大森研究主幹(右)ら
(撮影:日経クロステック)
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 分子研光分子科学研究領域の大森賢治研究主幹の研究グループが、2個の冷却原子を用いて、制御ゲートと呼ばれる量子コンピューターに不可欠な2量子ビットゲートを世界で最も高速に実行することに成功したと発表したのだ。成功したのは制御Zゲートと呼ばれる制御ゲートの1つ。制御ゲート1つと1量子ビットゲートを組み合わせれば演算に必要な全てのゲートが実現できるため、冷却原子方式の量子コンピューターによる高速演算の可能性が大きく開けた。

 大森研究主幹らは光ピンセットで捕捉した原子2つを2.5マイクロメートルまで近づけ、10ピコ秒(1000億分の1秒)だけ光る特殊なレーザー光を照射することで、制御Zゲートを6.5ナノ秒で動作させた。

制御Zゲートを世界最速の6.5ナノ秒で動作させた
制御Zゲートを世界最速の6.5ナノ秒で動作させた
(出所:自然科学研究機構分子科学研究所 富田隆文氏)
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 それまでの制御ゲート動作の最速は、2020年に米Google(グーグル)が超電導方式で達成した15ナノ秒だ。外部環境や操作用のレーザーが及ぼすノイズがゲート操作の精度であるフィデリティー(忠実度)を下げる時間的な尺度はおよそ1マイクロ秒であるため、6.5ナノ秒であればノイズの影響をほぼ無視できるようになるという。