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 量子コンピューターの開発が、世界的に加速している。先行するのは米IBMや米Google(グーグル)、理化学研究所などが手掛ける超電導方式だが、方式はそれだけではない。日本でも様々な研究機関や企業が、他方式の量子コンピューターの研究開発を進めている。

 理化学研究所(理研)、産業技術総合研究所(産総研)、情報通信研究機構(NICT)、大阪大学、富士通、NTTが2023年3月27日、超電導方式の量子コンピューターのクラウドサービス「量子計算クラウドサービス」を始めた。国産量子コンピューターの実機が外部公開されるのは初めてだ。共同研究契約を結んだ研究機関や企業の利用によって、今後の大規模化や用途開発の進展が期待できる。

理化学研究所らは量子コンピューターのテストベッドを稼働した
理化学研究所らは量子コンピューターのテストベッドを稼働した
(撮影:日経クロステック)
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 同機は理研の量子コンピュータ研究センター(RQC)の中村泰信センター長らが研究開発した64量子ビットの超電導量子ビットチップを搭載する。単純な規模の比較では既にIBMが2022年11月に433量子ビットの「IBM Quantum Ospreyシステム」を発表しているなど後れをとるが、中村センター長は「大規模な量子コンピューターの実現はチャレンジングな課題で、世界的に見てもまだまだハードルが高い技術。開発は長いレースになるので、我々が技術的に貢献する余地は十分ある」とみる。

 中村センター長が話すように、現在の超電導量子コンピューターはいずれも実用的な性能を備えていない。数十~数百量子ビットしかなく、実用的な問題を現行方式のコンピューターより速く解くことはできないのだ。繊細な量子ビットを正確に制御し、量子ビットに発生したエラーを訂正する量子誤り訂正の技術も必要だ。

 超電導量子コンピューターの実用化に向け、最も大きなハードルと考えられるのが規模の問題だ。超電導量子ビットを動作させるには、超電導量子ビットチップを絶対零度に近い約10ミリケルビンの極低温に冷やす必要がある。

 極低温環境を作り出すには希釈冷凍機を用いるが、超電導量子ビットチップの稼働に必要となる10ミリケルビンまで冷やせるスペースは限られている。量子ビットを制御する配線や周辺部品も超電導量子ビットチップの近くに収めるとなると、現在の技術の延長線上で実用性能を備えた規模を実現するのは難しい。

超電導方式の課題突破か、他方式の一発逆転か

 IBMは2022年5月、超電導量子コンピューターの規模拡大の具体的な道筋を示したロードマップを発表した。ロードマップによると、IBMは今後1枚のチップに搭載する量子ビットを増やすとともに、モジュール化した複数のチップをネットワークによって接続し、2025年には4158量子ビットを実現するという。

 グーグルは2021年5月に発表したロードマップで、2029年までに100万量子ビットを搭載した量子誤り訂正ができる量子コンピューターを開発するとしている。巨大な希釈冷凍機内に100万量子ビットを格納し、1000個の物理量子ビットで1つの論理量子ビットを作り出すことで、実用性を備えた1000論理量子ビットの量子コンピューターとする計画だ。

 現時点で開発が先行する超電導量子コンピューターが注目を集めがちだが、IBMやグーグルの方法でも実用化にはまだまだ技術の進歩や莫大な投資を要する。そこで、他の方式で量子コンピューターを開発する研究も盛んだ。それぞれに規模拡大が超電導方式より容易であったり、既存のインフラと相性が良かったりするメリットがあり、実用化に向けた一発逆転を目指している。

量子コンピューターの5大方式のメリットと課題
(日経クロステック作成)
方式メリット現状の課題
超電導・基礎技術が充実
・ゲート操作が比較的安定
・極低温環境で動作する部品の小型高性能化、チップやモジュール間の連携など大規模化に向けた技術の開発
シリコン・超電導型より高温で量子ビットが動作するため大規模化しやすい
・コヒーレンス時間が長い
・集積した量子ビットを正確に制御する技術の確立
・量子ビットが室温で動作するため大規模化が容易
・光通信との相性が良い
・量子ビットや計算を補助する光パルスを発生する光源の開発
・光回路を構成する部品の高性能化
イオントラップ・量子ビットの品質が均一
・コヒーレンス時間が長い
・基礎研究では高いゲート操作精度
・希釈冷凍機が不要
・大規模化に向けて異なるイオントラップの量子ビット同士をもつれさせる技術の確立
冷却原子・量子ビットの品質が均一
・コヒーレンス時間が長い
・光ピンセットによって大規模化しやすい
・量子ビットを全結合させられる
・希釈冷凍機が不要
・2量子ビットゲートのフィデリティー(忠実度)向上