「トヨタ自動車は直ちにグループ会社や子会社の幹部を全て集めて、不正の有無の総点検を指示すべきだ」──。トヨタ自動車OBの声には怒気がこもる。トヨタ自動車グループ(以下、トヨタグループ)が今、“親も子も”エンジン不正に手を染めていたという異常事態に陥っているからだ。「トヨタ自動車の新社長が陣頭指揮を執り、1カ月で報告書を提出させる。もしも膿(うみ)があるなら出し尽くして公表しなければならない。これができなければ、トヨタグループは信頼を回復できないと心得るべきだ」(同OB)。
2023年3月17日、豊田自動織機はフォークリフト向けエンジンで不正を確認したと発表。当該エンジンを搭載したフォークリフト「ジェネオ」(積載能力1.5~8.0t)の出荷を停止した(図1)。同社はトヨタ自動車を生んだ名門企業だ。1年前の2022年3月には、トヨタ自動車の子会社である日野自動車もエンジン不正を発表。その前の2021年にはトヨタ自動車の販売店で車検不正が発覚している。トヨタグループで不祥事が続いている上に、豊田自動織機はトヨタ自動車の「3大ティア1(1次部品メーカー)」といわれるメガサプライヤーの一角を占める。トヨタブランドのイメージ悪化は避けられない。
この事態を受けてトヨタ自動車は「昨年(2022年)の日野自動車での認証不正に続いてグループ会社で信頼を裏切るような事案が発生したことは誠に遺憾で、重く受け止めている」とコメントを発表した。
不可解なのは、なぜ豊田自動織機のフォークリフト向けエンジンで不正が起きたのかだ。
自動車用エンジンはトヨタのプロセス
というのも、豊田自動織機はトヨタ自動車のエンジンの造り方を知っているはずだからである。トヨタ自動車はエンジンの開発プロセスおよび認証試験(以下、認証)プロセスに「不正ができない仕組み」を織り込んでいる。
豊田自動織機は、トヨタ自動車の車両向けディーゼルエンジン(自動車用ディーゼルエンジン)の開発・製造を手掛けている。もともと共同開発と製造を手掛けていたのだが、トヨタ自動車から開発まで含めて委託された経緯がある。トヨタ自動車との人材交流も盛んで、これまでにトヨタ自動車からの出向者も転籍者もいるという。
豊田自動織機の技術者はゲストエンジニアとしてトヨタ自動車に常駐し、長年トヨタ自動車の技術者と連携して自動車用ディーゼルエンジンを造ってきた。「会社が違うものの、豊田自動織機の技術者もトヨタ自動車の技術者と何ら変わらない。同じ技術者として共にディーゼルエンジンを開発している感じ」「両社の技術者の間に考え方やコンプライアンス(法令順守)意識の差はほとんどない」とトヨタ自動車の関係者(以下、関係者)は証言する。
しかも、自動車用ディーゼルエンジンで豊田自動織機が不正を行うことは「不可能」(関係者)だという。エンジンを載せてクルマを評価するのはトヨタ自動車である上に、同社の品質保証部門にある法規認証部が目を光らせており、認証取得もトヨタ自動車が行うからだ。すなわち、豊田自動織機の自動車用ディーゼルエンジンは、トヨタ自動車のエンジンと同じ開発プロセスおよび認証プロセスを踏んでいるため、「不正を起こしようがない」(関係者)というわけである。
この自動車用ディーゼルエンジンのプロセスをフォークリフト向けエンジンにもそのまま移植していれば、豊田自動織機は不正を回避できたはずだが、それができていない。豊田自動織機では事業部や組織の縦割りが強く、自動車用ディーゼルエンジンの開発部門/チームと、フォークリフト用エンジンの開発部門/チームとの間に人材や技術の交流や知識・ノウハウの共有がほとんどなかったのではないか。
要は、豊田自動織機のフォークリフト用エンジンの開発部門/チームは外部の目が行き届かない閉鎖的な組織であり、不正を隠蔽できる環境にあったのではないかと推察できる。
世界トップシェアなのに不正?
不正の動機が見えにくいというのも不可解な点だ。日本企業においてよくある不正は、競合企業との競争が激しく薄利の事業なのに、経営陣は人も金も十分に手当てせずにとにかく稼げと言うだけ。そこで、現場はやむにやまれずコスト削減のために不正に手を染める、というもの。利益に関する過大なプレッシャーが現場にかかり、それに屈してしまったという構図である。
ところが、豊田自動織機の場合はそれに当てはまらない。他社も羨む好業績だからだ(図2)。フォークリフトを扱う産業車両部門は、同社の売り上げの65%以上をたたき出す稼ぎ頭。同社のフォークリフトは世界シェアが3割近くに達しており、国内シェアに至っては50%を超えている。世界でも日本でも圧倒的なトップメーカーなのだ。2022年3月期(2021年度)の産業車両部門の業績を見ても、売上高は1兆7894億円、営業利益は1136億円(営業利益率は6.3%)と堂々たるものだ。
おまけに、自動車用エンジンと比べてフォークリフト用エンジンの環境規制は厳しくない。従って、厳しくなる一方の環境規制に技術力が追い付かずに不正を犯した日野自動車とは違って、豊田自動織機のフォークリフト用エンジンの開発部門/チームが置かれた状況は緩いと言える。すなわち、技術力不足に苦しんだ不正という線も考えにくい。
比較的恵まれた環境にある豊田自動織機のフォークリフト用エンジンの開発部門/チームがなぜ不正に手を染めたのか。考えられる1つの理由は「慢心」だ。