ビジネスのデジタル化を進めるとき、必ずと言っていいほど厄介な存在が出てくる。筆者が国内の著名企業20社の経営層や企画部門、事業部門のミドルマネジャーにインタビューした結果、デジタル化を阻む5つの厄介な存在が浮かび上がった。今回は「現場を混乱させる経営トップ」である。
人工知能(AI)、IoT(インターネット・オブ・シングズ)といったキーワードが一般紙でも取り上げられるようになり、「我が社でもデジタル化を推進すべきだ」と声高に叫ぶ経営トップは少なくない。危機感を募らせているのは良いが、デジタル化の目的が明確になっていない場合は問題だ。言い渡されたIT部門などの現場は混乱し、狙いがはっきりしないままデジタル技術の導入だけが目的となる。結局、会社にとって意味のない取り組みになってしまう。自動車関連製品の製造・販売を手掛けるA社の事例を見てみよう。
社長の一声でプロジェクトが開始
A社はいわゆる「攻めのIT活用」を加速させようとしていた。そのためIT部門が研究開発部門の管轄下となり、IT部門の役割を変える方針を打ち出した。これまで社内システムの保守・運用作業が中心だったIT部門を、ITを活用して売り上げ拡大に貢献できる組織にするのが狙いだ。
背景には、自動車業界の急速な変貌ぶりがあった。電気自動車や自動運転、コネクテッドカーなど新しい動きが次々に出てきている。当然、経営トップも強い危機感を募らせ、デジタル化の推進を急いだ。
そこでA社の経営トップは、長年IT部門に所属し、かつ社内業務を熟知していたB氏に対して「デジタル活用による全社変革」を指示した。こうしてB氏は全社変革プロジェクトの責任者になった。
社長からの指示に具体的な目的はなかった。ただ、ほぼ唯一の決定事項は、ITやデジタル技術を使うことだった。「どんなプロジェクトを進めるかを含めて自分に任された」とB氏は認識し、具体的な施策のアイデアを探った。ちょうどそのころ働き方改革の記事が新聞やWebサイトに踊っていた。B氏はそれらを参考に「デジタル活用による働き方改革」をテーマとした。生産性を高め、収益の向上につなげると考えたのだ。
B氏はまず、iPadを導入しペーパーレス化を進めることにした。同時に、コミュニケーションツールのSkypeを活用し、社外からでも会議に参加できるようにするなど、新しい仕事の仕方を実現できるシステムを構築した。
システムを構築したが生産性は上がらず
ところが、システムは構築できたが業務の生産性は大して高まらなかった。iPadを配っただけで紙の書類が減ることはなく、当然、コスト削減にも寄与しなかった。ある日、B氏は社長ぶ呼び出されてこう怒鳴られた。
「変革プロジェクトチームは何をやっているんだ。成果が全く出ていないじゃないか」
その後もプロジェクトは続いているが、社内では存在意義が問われている。