全7362文字

 次世代電池として脚光を浴びる全固体電池。ノーベル賞を獲得した吉野彰氏が、今後の電池開発において全固体電池の特性から何を学ぶべきかという観点で解説する。また、次世代電池が実現し社会全体で電動化が進んだ未来には、クルマ社会がどのように変わっていくかを述べる。(日経 xTECH編集部)

 固体電解質の研究で、2011年に非常に大きなブレークスルーがあった。東京工業大学の菅野了次先生が、Liイオン伝導度が液系電解質とほぼ同じ、硫化物系のLGPS(リチウム・ゲルマニウム・リン・硫黄)という固体電解質の材料を見出したことだ。LGPSはLiイオンのキャリア数が液系の30倍で、イオン伝導度が30mol/Lと巨大な数字になった(図1)。一方、PFG-NMR法で測定したモビリティーは液系の1/30で、決してモビリティーが上がったわけではない。液系の1/30しか出ていないということは、まだまだ改良の余地があるということを示している。

 キャリア数を維持しながらモビリティーを上げることができれば、液系のイオン伝導度を追い越せる可能性がある。実際に、2016年にはトヨタ自動車と東工大が、イオン伝導度が液系の2.5倍に相当する材料を発表した(図1)。2.5倍というのは絶対値で言うと25mS/cmだ。2.5倍といってもまだ上限ではなく、今後さらに上がる可能性がある。

 このような固体電解質が見つかったことで、初めて実際の全固体電池が試作され、この2~3年で電池特性が明らかになってきた。それまで考えられてきた特性と真逆に近い結果となった。短所だと思われていた出力特性と低温特性が実は優れていた。一方、デンドライトは発生しないと思われていたが、実際は発生した。ここまでが「次世代電池2018」(2017年、日経BP社)で述べた内容だ。

 今回は、今後の電池開発において全固体電池の特性から何を学ぶべきかという観点で述べていく。また、次世代電池が実現し社会全体で電動化が進んだ未来には、クルマ社会がどのように変わっていくかを述べる注)

注)この記事は2018年6月15日に開催されたセミナー「革新的電池が巻き起こすEVイノベーション」(主催:日経 xTECH/日経BP総研)における吉野彰氏の講演「全固体電池の真髄と未来の車社会」の内容を、吉野氏の許可を得て編集、再構成したものです。

Part 1:全固体電池の特性から何を学ぶか

 まずは、電池を試作する前に考えられていた全固体電池の特長と、試作後に明らかになった特長の相違点を見てみよう。試作前は、液系電解質を使った電池と比べると、出力特性と低温特性が悪く、大きな課題になると見られていた(図2)。一方、無機物のため燃えない、固体電解質のため金属Liが析出するデンドライトの発生は抑制される、バイポーラ技術が使える、高温安定性が高い、液漏れしないなどが長所として挙げられ、特にデンドライトの抑制は大きなメリットになると見られていた。

 実際に試作した固体電池の出力特性データをグラフ化したものを図3に示す。2列目の黒い棒グラフが液系電解質電池、その他が固体電解質電池だ。液系のイオン伝導度は10mS/cmで、その手前が液の1/10程度になる1.2mS/cm、3列目が12mS/cm、一番奥が2.5倍の25mS/cmで、出力特性は明らかに固体電池の方が上回っている。とんでもない欠点だと思われていた出力特性と低温特性は、実は大きな長所だった(図4)。

 もう一つ、試作前の考えを覆したのがデンドライトだ。金属Liが固体の中を突き抜けていくことはないと思われていたが、実際にはけたたましくデンドライトショートが起こった。現在、固体電池開発の大きな課題の一つになっている。

なぜ出力特性が高いのか

 なぜ全固体電池は、とんでもない出力特性がでるのか。電池技術者は、データが出るとすぐそれなりの理屈を思いつく。一つ目は、全固体電池には溶媒和という現象がないこと。Liイオンが負極に入るときに脱ソルベーションという無駄なエネルギーを使う必要がない。

 二つ目は輸率だ。イオン伝導度はカチオンとアニオンの貢献度を足したものだが、電池特性に有効に働くのはカチオンのLiイオンだけだ。アニオンが示すイオン伝導度は全く役に立たない。その比率が輸率というパラメータである。液系電解質の場合、大体0.35で、イオン伝導度が高くても実際に有効に使えるのは35%となる。固体電解質の場合、アニオンがない。したがって輸率が1で、それだけで液系の3倍になる。

 三つ目は電池特性に対して邪魔ばかりするアニオンが存在しないということ。この三つが合わさって約10倍の出力特性になった。

奇々怪々なデンドライトショート

 なぜデンドライトショートが起こるのか。デンドライトショートは奇々怪々な現象であり、非常に面白い現象である。どのパスで金属Liがつながってショートを起こしているかを見ると、固体電解質の粒子の界面だ。界面をにゅるにゅるとつながってショートに至る。常識的には考えられない。界面のナノオーダーの極めて狭いスペースを、いとも簡単にLiイオンが動いている。そんな狭いところを動いているということは、とんでもない速度で動き回るLiイオンがわずかだが存在しているはずだ。

 電池をつくる上でデンドライトショートは大きなマイナス要素だが、この速く動くLiイオンを使いこなしたら、新しい技術につながっていくだろう。これが固体電解質から学ぶべき点である。残念ながら、この正体はまだわかっていない。しかし、いずれ分かるだろう。