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低損失で高耐圧、冷却装置や受動部品を小型・安価にする─。SiCやGaNといった新型パワー半導体が、その特徴を強みにEV(電気自動車)や電車、産業機器、家電などの市場に入り始めた。しかし既存のSiパワー半導体の競争力は依然として高く、新型への世代交代が一気に進む気配はない。新型はSiとの長期戦に臨みつつ、特徴を生かせる応用開拓に挑む。

 米Tesla(テスラ)が販売中の量販EV(電気自動車)「Model 3」やJR東海(東海旅客鉄道)が2020年に営業運転を始める次世代新幹線「N700S」に、SiC(炭化ケイ素)を使った新型パワー半導体が載り始めた。SiCは、既存のパワー半導体のSi(シリコン)-IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)よりも損失を抑えられ、冷却装置や受動部品を小型にできる。

 デバイス単体では数倍以上と高価だが、電源・駆動システムを簡素にして小型・低コスト化できる。同じくポストSiパワー半導体のGaN(窒化ガリウム)やGa2O3(酸化ガリウム)と比べ早く普及すると産業界が期待している(図1~2)。

図1 王者Siに新型が挑む
図1 王者Siに新型が挑む
Siパワー半導体が、現時点でパワー半導体市場の大半を占める。コスト競争力が高く、長年の採用実績から応用機器側がデバイスに合わせ込んでいることによる。しかも温度特性が改善するなど、新型のお株を奪う開発例が製品レベルで出てきた。新型は、ここ数年でSiCと横型GaNのトランジスタが市場に登場し普及し始めた。高速かつ大容量の縦型GaNや低コストのGa2O3(酸化ガリウム)は研究開発段階にあり、2025年ごろから普及する見込みである。Ga2O3はSiCの代替を狙い、縦型GaNは、新規応用となるインホイールモーターや電動航空機を視野に入れる。(図:産業技術総合研究所などのデータを参考に本誌が作成)
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図2 SiやGaNの市場けん引役はEV
図2 SiやGaNの市場けん引役はEV
2025年ごろから、新型パワー半導体の需要が拡大し、市場は大きく成長する見込みだ。市場をけん引する応用機器はEVをはじめとする電動化車両(写真は米TeslaのEV「Model 3」)である。(図:IHSマークイット)
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 「2017~2018年にEVの製品企画を始めた自動車メーカーの多くがこれから駆動部を一新、その一部にSiCを搭載するとみている。SiC搭載EVは、2020年からポツポツと出始め、2023~2024年から本格的に立ち上がるとみている。特に欧州車メーカーがSiCを積極的に搭載しようとする印象を受ける」(あるパワー半導体メーカーの事業担当者)。

 パワー半導体メーカーもSiCへの投資は積極的だ。最大手のドイツInfineon Technologies(インフィニオン テクノロジーズ)は、これまで直径100mm(4インチ)が主流だったSiCウエハーの150mm(6インチ)化をほぼ終えた。ロームは2024年度までに600億円を投じて生産能力を2016年度比で16倍に高める。積極的な投資について「(未公表でも)自動車メーカーからの確度の高い受注見込みがあって初めてできる決断だ」(競合メーカー)。

SiCに続きGaNも市場へ

 GaNパワー半導体も市場への浸透が始まった。GaNには、耐圧600V未満といった小電力用の「横型」と、おおまかに耐圧600V以上の「縦型」がある注1)。ここへ来て普及の兆しがみえているのは横型である。台湾Anker Innovations Technology(アンカー・イノベーションズ・テクノロジー)などが、系統電力からUSBポート向けの直流に変換するACアダプターに横型GaNデバイスを搭載、既存品から小型化した。

 スイッチング周波数の高速化によって受動部品を小型にし、放熱が少ないことから高密度実装している。「民生機器への搭載が始まったことで、横型GaNを製造受託している台湾TSMCの生産量が拡大するといった製造コスト削減の正のスパイラルにつながる可能性がある」(電源分野の技術者)との声が上がる。

注1)横型は、Si基板にGaNのデバイス構造を製造装置で作り込む素子で「GaN on Si(ガンオンシリコン)」とも呼ばれる。電流をGaN素子内で横方向に流す。一方の縦型は、GaNウエハーにGaN素子を形成し、「GaN on GaN(ガンオンガン)」とも呼ばれる。電流を縦方向に流し、SiCやSi-IGBTと同じ耐圧650Vや1200V、それ以上をカバーする。いずれも高速でスイッチングしてもスイッチング損失をSiデバイスに比べて抑えられる。

 縦型GaNやGa2O3については、SiCと横型GaNに続いて2030年ごろまでの実用化が見込まれるとの声が多い。ここへ来て、パワー半導体で長らく続いたSiから次世代への世代交代が始まったかに見える。

「Siの次はSi」の真実味

 新型の市場進出とは裏腹にSiパワー半導体のコストパフォーマンスの高さが際立つ応用があるのも事実である。象徴的なのはトヨタ自動車とデンソーをはじめとする国内自動車関連企業の意向だ。

 「国内の大手顧客は、少なくとも2025年まで主力の電動化車両の主機(メインモーター)にSiCを採用しないことを決めた」(複数のパワー半導体メーカー)というのが、パワー半導体業界の共通認識である。2025年までに発売の「プリウス」に代表される主力の電動化車両において、車輪を回す主機のインバーターへのSiCの採用は見送られ、しばらくはSiが載り続けることになる。

 冒頭で紹介したTeslaもModel 3の全モデルでSiCを採用したわけではない。1回の充電で500km弱の走行が可能な長距離対応車のみで、航続距離が400km弱の車両に搭載するのはSiパワー半導体だ。長距離対応車なら、インバーターのシステムコストの削減のほか、高価なLi(リチウム)イオン電池の容量削減による低コスト化も期待できる。SiCのコストパフォーマンスを発揮できる応用はこのような条件付きのものと言える。

周辺の技術革新と資産がSiを延命

 Siの評価が高まっているのは、Siが多面的に技術を進化させているためである。

 SiCでは、ウエハー欠陥の低減やゲート絶縁膜の信頼性改善など、実用レベルに届かない課題を解決しつつある。ただし、そのSiCの潜在力を発揮させる周辺技術の開発は十分には進んでいない。200℃を超える高温で動作させる実装技術の開発や、高速動作に見合う駆動技術の開発などだ。

 Siでは、市場要求を満たす仕様、信頼性、価格を達成した後に、デバイスを数世代にわたって進化させるとともに、デバイス以外の技術でも革新が進んでいる。しかも今後もそれが継続する余地がある。

 ホンダのプラグインハイブリッド車「クラリティPHEV」のインバーターには、175℃で動作するSi-IGBTを搭載している。175℃での動作は、Siには漏れ電流が高くなるため従来の常識では“不可能"で、SiCなど新型のみが実現できると見られていた。しかし、インバーター回路を構成する複数のSi-IGBTとSiダイオードを1チップに交互に配置する技術で放熱性を高め、SiCのお株を奪った。「Siで175℃の動作が可能ならSiCは要らない」(パワー半導体の研究者)。

 高速スイッチングというSiCの強みに対しては、Siでは回路技術の工夫によって補う動きが出ている。オンとオフの切り替え時に電圧と電流が同時に流れて発生するスイッチング損失は、電圧波形の立ち上がりと降下のスルーレートを動的に制御する駆動回路によって改善できる。多相化によって受動部品に流す信号を高周波化して受動部品を小型にすることも可能だ。

 Siの最大の強みであるコスト競争力はますます高まる。電動化車両の普及でSi向けパワー半導体のウエハー口径は、2020年代前半に300mmが標準となりそうだ。Infineonをはじめとする海外メーカーが投資を決定し、同社はオーストリアの新建屋での300mmラインを2021年に稼働させる。

 Siパワー半導体のウエハーは、メモリーやプロセッサー、イメージセンサーと共用できるわけではない。耐圧とオン抵抗に見合う不純物濃度の結晶で作る。しかし、高純度化や不純物の正確なドーピング(添加)のノウハウは生かせる。研究者の間でもSiの将来性に期待する見方は多い(図3)。

(a)GaN物性の測定結果の例
(a)GaN物性の測定結果の例
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(b)国際学会でのセッションの様子
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図3 見方が分かれる新型の可能性と依然として強いSiへの期待
(a)京都大学などが、パワー半導体の損失や信頼性に関わるGaN材料の重要な指標(絶縁破壊電界と絶縁破壊電圧)の測定結果を初めて明らかにした。その評価は研究者によって分かれ、「GaNのSiCに対する優位性がない」との見方もある。左のグラフで☆印が今回の測定値。他は過去のGaN素子の測定値など。青〇はSBD/JBS、赤〇はPND、青□はFinFET、赤□はMOSFET/CAVET/OG-FET。(b)国際学会「SSDM 2019」(2019年9月2~5日、京都市)では、Si、SiC、GaN、Ga2O3、ダイヤモンドを使うパワーデバイスの技術者が、それぞれの立場で優位性を主張した。最も多くの聴講者が最も多くが期待できると答えたのはSiだった。(図:京都大学など)