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日経ものづくりのコラム「ドキュメント」に掲載した事例を再録しました。本記事は、日経ものづくり2005年3月号に掲載したものです。

本田技術研究所入社時から4輪駆動伝達システム「SH-4WD」、通称「SH-4駆」の開発に心血を注いできた芝端康二。ところが、SH-4駆の商品化を目前にした芝端に開発凍結が言い渡される。その後、芝端はSH-4駆の特性を生かした2輪駆動車向けの「ATTS」を商品化する一方で、SH-4駆の研究も水面下で続けた。その芝端に再びSH-4駆を世に送り出すチャンスが訪れる。

齊藤政昭(写真:田中 昌)
齊藤政昭(写真:田中 昌)

 米国ホンダのトップによる試乗会は成功裏に終わった。彼らを魅了し賛辞をほしいままにした「SH-4駆」。真夜中の牧場で突然ひらめいてから10年以上の時を経て、今ようやく商品化に向けて本格的な開発がスタートした。

 それなのに、SH-4駆の生みの親である芝端康二の顔色がさえない。時折不安な表情さえも浮かべる。無理もない。SH-4駆を載せる肝心のクルマがまだ決まっていないのだから。羅針盤を持たずに暗黒の大海に船出する、当てなき航海。これが、当時の芝端の偽らざる心境だった。

芝端康二
芝端康二
本田技術研究所栃木研究所上席研究員。(写真:田中 昌)
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 不安でいっぱいの航海には、頼れる仲間が要る。芝端の脳裏に浮かぶのは、かつて「インテグラ」への搭載を目指して苦楽を共にした、あの面々。SH-4駆を知り尽くす彼らなら、苦難が予想される航海のパートナーとして、これほど頼もしいことはない。

 渥美淑弘。あの時の中核メンバーの1人で、今は芝端と共に2000年発売の「S2000 typeV」向けに、車速と舵角(だかく)によりステアリングのギア比が変わる「VGS(Various Gear Ratio Steering)」の開発を担当する。芝端は思う。彼なら…。

 しかし、問題は渥美の気持ちだ。インテグラに搭載するはずだったSH-4駆の開発凍結が決まった時、渥美は芝端にこう言った。「メカトロニクス関連だけは2度とやりたくない」と。SH-4駆の開発に全身全霊を捧げて取り組んだ彼にとって、当時の会社の決断はあまりにも残酷だった。

 同じ轍(てつ)は踏みたくない。だからこそ、芝端は渥美の力を必要とするのだ。しかし、どう説得すればよいのか…。SH-4駆の開発とストレートに言ったら、難色を示すに決まっている。意思が強く信念を貫き通す渥美とは、そういう男だ。彼の首を縦に振らせるには、それなりの策が要る。芝端は考える。そして、ひらめいた。