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日経ものづくりのコラム「ドキュメント」に掲載した事例を再録しました。本記事は、日経ものづくり2005年4月号に掲載したものです。

「決まってるだろう、レジェンドに」──。新しい4輪駆動伝達システム「SH-4WD」、通称「SH-4駆」の搭載機種がついに決まる。それは、ホンダのフラッグシップだった。並み居る競合車を相手に、操舵性と走行安定性を高いレベルで両立して異次元の価値を生み出す。開発は新たなステージに入った。

左から南 俊叙と今川康雄(写真:栗原克己)
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左から南 俊叙と今川康雄(写真:栗原克己)

 タクシーに乗り込んだ齊藤が向かう先は、米国ホンダ。ここではレジェンドを「Acura RL」として販売し、日本を上回る販売実績を築いている。それだけに、レジェンドを発売するに当たっては、顧客の視点から厳しい目を向ける彼らの意見を無視できないのだ。

 そんな米国ホンダを相手に、齊藤はあの運命の邂逅(かいこう)により可能となった新型レジェンドの魅力的なコンセプトと、それを叶(かな)えるための先進的なハードを披露する。時差のせいで重くなったまぶたを閉じると、もろ手を挙げて賛同してくれる彼らの姿が浮かぶ。そうだ、プレゼンを終えたら、本場のカリフォルニアワインで新鮮な魚貝を使ったカリフォルニア料理に酔いしれよう。

齊藤政昭
齊藤政昭
本田技術研究所栃木研究所上席研究員。(写真:田中 昌)
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 うつらうつらしているうちに齊藤を乗せたタクシーが米国ホンダに滑り込む。幹部たちが待つ会議室のピンと張り詰めた空気に、時差ボケも吹き飛ぶ。齊藤のプレゼンテーションが始った。

 「えー早速ですが、次期レジェンドでは、4輪駆動を軸に、優れた安定性と優れた操舵性を高い次元で両立させたいと考えております。そのために我々が用意したのが、これからご説明するSH-4WDという全く新しい4輪駆動伝達システムです。一部の方には既に、日本でご体験いただいていると思いますが、このシステムは…」

 かつて来日した米国ホンダのトップはどしゃぶりの雨の中、開発者である芝端康二と一緒にSH-4駆を載せたクルマに試乗した。その時に高い評価を得たことを聞き及んでいる齊藤のプレゼンは、自信にあふれている。

 「これなら、走行性能や乗り心地でライバルを圧倒し、今までにない異次元の価値を提供できると思います」

 「なるほど、コンセプトはよく分かったよ。SH-4WDも素晴らしい。だけど齊藤君、ここがどこかを知ってるかい」

 「米国のカリフォルニアですけど」

 「その通りだ。じゃあ、ここでなぜ4駆なのかね」

 「ええ、それはこれまでご説明してきましたように、ライバルに負けない異次元の価値を提供するためには…」

 

 「全然分かってないなぁ。君の言う異次元の価値とやらは、雨も雪も降らない、ここカリフォルニアでは全く実感できないんだよ。逆に、4駆にしたら100kg以上重くなるし、燃費だって悪化する。そんなクルマを我々にどうやって売れっていうんだ、君は。大体、マーケットのことや、ユーザーのことをきちんと考えているのかね」

 「もちろん、そのつもりで…」

 「ほう。だったらもう一度聞くが、どうして4駆なんだ、ここカリフォルニアで?」

 言葉が出ない。沈黙を破ったのは、米国ホンダの方だった。

 「とにかく、4駆じゃ話にならん。もう一度、コンセプトを考え直してくれ」

 予想外の展開に、齊藤の頭からはカリフォルニアワインもカリフォルニア料理も消えた。