「レジェンド」の商品化に向け、それぞれが課題解決に動きだした。各部門の思惑が交錯する「パッケージ検討会」では、LPL(開発責任者)の齊藤政昭が絶妙のリーダーシップを発揮し、メンバー全員のベクトルを1つに合わせる。インテリアデザインの懸案だった3次元形状の本杢パネルも、量産のめどが立った。
「天童木工さんから電話があったのか。で、出来るって?」
「レジェンド」の開発を束ねる齊藤政昭に、インテリアチームから懸案のM字形に流れるインスツルメントパネルに関する電話報告が届く。
「そう、それは良かった。一安心だ。じゃあ、これまでの路線で引き続きお願いします。このことは、私の方から他のメンバーにも伝えておきますから」
デザイン界にその名をはせる天童木工の協力を取り付け、レジェンドにふさわしい、本杢(ほんもく)を使った斬新で高級感あふれるインテリアデザインの実現のめどがようやく立った。課題が1つ解決した。
しかし、齊藤には息を抜く暇など全くない。レジェンドの開発課題はまだまだ山積みなのだから。連日、課題ごとに設けた分科会に顔を出しては指示を出していく。昨日も、そして今日も、だ。どの分科会だっけ。手帳を開いてスケジュールを確認していると、再び電話が鳴り響いた。
「はい、齊藤です」
「お忙しいところすみません。私は、電装系部品の開発をしている辻と申します。実は、齊藤さんにぜひ見ていただきたいものがありまして、お電話しました」
またか。齊藤は直感する。新技術の売り込みである、と。実は、この手の電話はさほど珍しくない。自ら開発した新技術を社内に、そして世間にアピールしたい。その舞台として、レジェンドほど輝かしいクルマは他にないからだ。
「ははぁ、売り込みだね。で、ものは何なの?」
「はい。夜間に歩行者の存在や位置をドライバーに知らせるナイトビジョン・システムです。赤外線カメラを使い、暗闇の中に溶け込んだ人間の映像を次々と浮き上がらせるんです。この技術が持つ安全性と先進性は、レジェンドにはまさにピッタリだと思いますが…」
「まさにピッタリ、と言われてもねぇ。君の言う通り、レジェンドには確かに安全性と先進性が必要なんだけど、あいにく既にレジェンドには十分な弾がそろっているから…」
「そこを何とか、お時間を頂けませんか。決して損はさせませんから」
「何かまゆつばっぽいけどなあ。まあ、そこまで言うのなら、一度時間をつくるよ」
「今日はどうですか?」
「おいおい、いきなりだなぁ。今日は分科会だからダメだよ」
「明日は?」
「明日も」
「それなら明後日はどうですか?」
「ああ、夜なら空いてるけど」
「ええ、夜がいいんです。しかも、闇夜のような真っ暗な夜が」
ナイトビジョン・システムのプレゼンが2日後に決まる。齊藤の受話器の向こうでは、辻孝之が小さくガッツポーズをしていた。