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日本案と欧州案の間で繰り広げられた3ドア車のデザインコンペ。3回にも及ぶ死闘の末、日本案に軍配が上がる。あとは造るだけ。いざ走り出そうとした矢先、突然3ドア車の開発中止が告げられる。主戦場となる欧州市場で、3ドア車に代わり5ドア車が売れ始めてきたのだ。

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 1999年の秋。休日だというのに本田技術研究所の栃木研究所には、役員や松本宜之など、フィットの開発を指揮する主要メンバーが集結していた。彼らが見入っているのは、3ドア車の実物大モデルである。

「良く出来てるよ、これ」

「それは分かるが3ドア車だからな。欧州にも5ドア車の時代が来たんだよ。その流れは変えられん」

「でも、このデザインをお蔵入りにするのは、いかにももったいない」

「だが、3ドア車も5ドア車もというわけにはいかんだろ。うちの体力を考えれば、一本勝負しかなかろう」

 これまで3ドア車の扱いについて検討を重ねてきた経営陣。実物大モデルを前に今日、最終判断を下すのだ。そして、出された結論は3ドア車の発売中止。当然、3ドア車の開発は現時点をもって凍結になる。

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