【前号のあらすじ】
限られた開発期間、乗用車で世界初となる8AT、しかも新開発エンジンと同時投入―は、トランスミッションの開発陣にとって未知の領域への挑戦だった。8ATの投入を決断するか否か…。トヨタ自動車とアイシン・エィ・ダブリュ(AW)のプロジェクトチームは、100種類以上の機構案を詳細に検討し、実現の可能性を見いだす。そして2003年9月、乗用車として世界初の8ATの実用化を目指した開発プロジェクトが具体的に動きだした。

【登場人物】
田中 雅晴 1982年、トヨタ自動車入社。FF系ATの設計、実験を経て2005年からLS向け8ATの開発に従事。現在は、第2ドライブトレーン技術部第1AT技術室グループ長。
尾崎 和久 1980年、アイシン・エィ・ダブリュ入社。一貫してAT開発部門に所属。LS向け5ATの開発、および6ATの企画・構想に携わる。2003年よりLS向け8ATの開発責任者を務める。現在は、技術本部副本部長。
岩瀬 幹雄 1986年、アイシン・エィ・ダブリュ入社。一貫してAT開発部門に所属。2003年よりプロジェクトリーダーとしてマークX向けFR用6ATの開発を担当。2005年からは技術企画部にてLS向け8ATの開発に従事。現在は、第1技術部次長。
100を超えるアイデアの中から選ばれた、次期「レクサス LS」向け8速自動変速機(AT)の基本構造。それは、遊星歯車機構の数が6ATと同じ3セットを維持し、ブレーキやクラッチの数に関してはそれより少なくて済むものだった。そのシンプルな構造は、6ATとほぼ同じコンパクトさという果実をもたらした。
しかし、やるべきことは山積していた。軽量化に、NV(音と振動)性能の向上に、滑らかなシフトチェンジの実現に…。もちろん、これらの要素は基本構造を決定する際に大体は見当を付けていたものだ。ただ、それはあくまでも机上の検討にすぎない。

まだ開発段階にある技術を当てにしていたり、高度な造り込みを期待していたりと、いわゆる「見込み」の部分が少なからずある。同時並行で開発が進んでいるはずの、肝心の新規エンジンのスペックもまだ確定していない。そんな状況で、山積する問題を一つひとつ解きほぐしていかなければならなかった。
例えば、軽量化。その目標が明確に定まったのは、開発プロジェクトが具体的にスタートした2003年の秋から、季節が本格的な冬へと移り変わろうとしていたころだった。トヨタ自動車の車両企画担当からアイシン・エィ・ダブリュ(AW)に提示された8ATの重さに対する要求は、6ATと同じ85kgならベスト、それが無理なら90kg台前半というもの。現在の質量は110kgだから、ざっと15~25kgの軽量化を果たさなければならない。
アイシンAWで8ATの開発の陣頭指揮を執る尾崎和久は早速、藤堂穂、青木敏彦ら開発メンバーに軽量化案の洗い出しを指示。数日後には全員がそれを持ち寄った。強度を保ちつつ、できる限りぜい肉をそぎ落とした案、アルミニウム合金部分を増やして重たい鉄の比率を減らした部品など、その数、ざっと100案に上った。
「こう見るとなかなか、現実的な案が集まりましたね」
「全部採用したら、20kgくらい簡単にいきそうだけど」
「おいおい、それは楽観的にすぎるだろ。コストや量産のことも考えなきゃならんからな」
尾崎はそうは言いつつも、藤堂や青木と同様、目の前に集まった案に手応えを感じていた。
「量産といえば、オイルポンプのこの部分ですけどね。鉄だったのをアルミ合金に変えてずいぶん軽くできることになっていますが、ダイカストで造るにしては形状がちょっと複雑すぎやしませんか。かなり入り組んでますよ」
「あっ、それを出したのは私なんですけど、低圧鋳造を考えてます」
提案者が説明を続ける。
「中子が使えるので、かなり複雑な形状でも対応できるかと」
「だけど、ダイカストに比べて生産性は落ちるよね」
「ええ。でも機械加工も減らしていますので、コスト的には『行ってこい』で大差はないと思います」
軽量化案が一通り検討されていく。おおよそ半分を消化したところで、尾崎がある案に目を留めた。
「これか。どのくらい軽くなるの」
「はい、2kgはいけるとみてます」
「目標の1割か。確かにすごいなぁ、これは。ただ問題は…」
「本当に造れるか、ですね」
「その通り。これまでも何度か検討したことがあるんだがね。いつも生産技術面でどうしても無理があって、断念してきたんだ」
「しかし、生産技術は日々進歩していますから、検討しない手はないと思いますが」
「そうだな。製造をお願いするアイシン精機さんに相談してみるか」
目標の1割に達する軽量化を一発で果たす提案、それはミッションケースの一体化だった。ただ、効果が大きい分、乗り越えなければならない山は高い。尾崎は早速、一体型ミッションケースの製造について相談するため、アイシン精機へと足を運んだ。