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 埼玉県戸田市は2020年10月28日、自治体向けITコンサルティングを手掛けるITbookホールディングスと包括連携協定を結んだ。戸田市は政府が10万円を一律給付した特別定額給付金のオンライン申請の受け付けを完全デジタル化した類例のない自治体として知られる。

 協定締結によって戸田市とITbookホールディングスはデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進や人材育成、市民サービスの向上、地域課題の解決などで連携する。戸田市は他の自治体やITベンダーなどと協議会を立ち上げて、政府が創設する「デジタル庁」に提言もしていく。

 「自治体のネットワークをつくって一緒にやれるところを増やして、国が示す方向に何らかの役割を果たしたい」。同日、戸田市役所で協定締結の調印式に臨んだ菅原文仁市長は協議会の設立の狙いをこう語った。デジタル戦略を担う部署も新設する方針だ。

戸田市の菅原文仁(左から4人目)とITbookホールディングスの恩田饒会長兼CEO(最高経営責任者、右から4人目)が出席した調印式。左端が提携のきっかけをつくった戸田市の大山水帆総務部次長兼情報政策統計課長
戸田市の菅原文仁(左から4人目)とITbookホールディングスの恩田饒会長兼CEO(最高経営責任者、右から4人目)が出席した調印式。左端が提携のきっかけをつくった戸田市の大山水帆総務部次長兼情報政策統計課長
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 ITbookホールディングスの恩田饒会長兼CEO(最高経営責任者)は菅原市長との懇談の席上で協議会の設立について他社のベンダーの賛同も得ていると明かし、「自治体が戸田市を見習うようなことができたらよい」と話した。菅原市長と恩田会長がともに話題にしたのが、同席していた戸田市の大山水帆総務部次長兼情報政策統計課長だ。

 大山次長は戸田市に隣接する埼玉県川口市で30年間に渡って電算担当一筋だった経歴を買われ、2017年に戸田市に移籍した。自治体の実務とITに詳しい異色の自治体職員として政府やITベンダーの関係者が一目置く人物であり、組織を超えた個人同士のつながりからITbookホールディングスが今回初めて自治体と連携協定を結ぶきっかけをつくったキーマンでもある。

10万円給付の受付処理を完全デジタル化

 約6万6000世帯・人口約14万人の戸田市は、特別定額給付金のオンライン申請の受付を完全デジタル化した類例のない自治体として知られる。マイナンバーカードを使ったオンライン申請は3000件ほどだった。

 オンライン申請が始まった2020年5月時点では、多くの自治体で職員が連日深夜に及ぶ手作業に追われた。ただ戸田市は違った。大山次長は当時日経クロステックの取材に対し、「全ての申請をシステムで裁いているので戸田市の職員は毎日定時に帰っている」と明かしていた。

 10万円を給付するに当たり、政府はオンライン申請をマイナンバー制度の個人向けサイトである「マイナポータル」で受け付けるシステムをつくった。全国の自治体は世帯ごとの申請を確認して、申請した世帯主と同じ名義の金融機関の口座に振り込む手はずだった。

 そのもくろみが外れ、多くの自治体が連日の手作業に追われた理由の1つは、当初のオンライン申請は申請者が氏名などを手入力する必要があったため、入力ミスが多かったからだ。自治体は住民基本台帳システムと照らし合わせて世帯主などの申請情報が正しいかをチェックしなければならなかった。

 多くの自治体はオンライン申請のデータが格納された圧縮ファイルを地方公共団体情報システム機構(J-LIS)のサーバーからダウンロードして解凍したうえで、政府が用意した一覧表を作成するツールや印刷ツールを使って申請情報を印刷。紙の申請書と同じ事務フローで申請内容を精査していた。電子申請の受け付けは申請情報のPDFを印刷して処理する事務フローが一般的だったためだ。

 加えてオンライン申請は当初、システムの不備が多く自治体に混乱を招いた。具体的には申請情報にマイナンバーカードで本人確認ができる電子署名のデータや、マイナンバーカードの利用者証明用電子証明書のシリアル番号が入ってないケースがあった。電子署名を利用するオンライン申請なのに政府は十分な検証もせずに運用を始めていたわけだ。