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本記事は、日経アーキテクチュアの過去記事を再掲載したものです。記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。

 竣工から40年が経つ中銀(なかぎん)カプセルタワービルは、管理組合が建て替えに向けて計画を進めている。これに対し設計者の黒川紀章(1934年-2007年)は生前、具体的なカプセル取り替え案を管理組合に提出していた。シリーズ第2回となるこの記事では、カプセル取り替え案の中身を解説する。(日経アーキテクチュア)

 2007年10月に死去した黒川紀章の代表作のひとつで、2007年4月15日に管理組合が建て替えを決議した「中銀カプセルタワービル」(1972年竣工)。建て替えを議論していた過程で、設計者の黒川が施工者の大成建設と連名で提案した「カプセルの取り替え案」を改めて読んでみた。

 手元にある資料は、2005年10月31日に管理組合宛てに提出した案と、2006年1月から同年4月にかけて管理組合から出た質問に回答する形で提示した改定版の提案などだ。黒川の生前、日経アーキテクチュアが黒川紀章建築都市設計事務所から入手していた。以下、2006年に提示した案を中心に見ていこう。

中銀カプセルタワービル全景。1987年に日経アーキテクチュアが取材した際に撮影(写真:三島 叡)
中銀カプセルタワービル全景。1987年に日経アーキテクチュアが取材した際に撮影(写真:三島 叡)
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