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本記事は、日経アーキテクチュアの過去記事を再掲載したものです。記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。

 国立新美術館で開催されている黒川紀章展で、ソニータワー大阪や中銀カプセルタワーを解体して新たなプロジェクトを進めようとする設計者に黒川氏が投げかけたメッセージは、建築の保存問題に関心を持つ専門家の目にはどのように映ったのか。まずは、建築史家の五十嵐太郎・東北大学助教授に聞いた。

展覧会で、黒川氏が個人名を挙げたメッセージを取り上げた行為についてどのように感じたか。

 扇動的な文章がうまいと思った。これは、展覧会で示されたスクリーンのメッセージ全体に共通していた。黒川さんが60年代にデビューしたときを思い起こさせる。ソニータワー大阪と中銀カプセルタワーの展示では、建築家の実名を出して保存問題に焦点を当てている点が特徴だ。

 ほかの建築家を名指ししたことによって、建築界では話題を集めるだろう。しかし、一般の人は建築家の名前を重要な情報とは受け止めていないと思う。建築とのかかわりが薄い人が、大江匡さんの名前を見ても誰のことかわからないからだ。ただ、こうした形で議論を投げかけたことは、一般の人が建物の保存問題を考えるための入口になることは間違いない。

 黒川さんは、発注者側の問題を黒川さんの問題にすりかえられて批判を受けてきた経験を持っている。本来、発注者側の問題であるソニータワー大阪の取り壊しについて建築家の実名を掲げたのは、そうした経験の裏返しの行為なのかもしれない。今回の議論を一方的なメッセージの投げかけで終えるのではなく、大江さんがソニータワー大阪よりも素晴らしいものをつくるということを示す機会ができるといい。

 展覧会とは自らの考えを表明する場だ。ベテランの建築家の展覧会は、回顧的な内容になるケースが多い。しかし、黒川さんの展覧会はアグレッシブな面が出ている。世に何かを問いかけるという姿勢が薄く、回顧的な展覧会を開いている若手にはこうした気概を持ってほしい。建築史を振り返ると、若い世代が年上の世代を批判してきた。今回の展覧会ではそれが逆転している。年上が年下を批判する奇妙な現象だ。

建築史家の五十嵐太郎・東北大学助教授。一般の人にはその重要性が認識しにくい50年代や60年代の建築が失われつつある現状に警鐘を鳴らしている(写真:日経アーキテクチュア)
建築史家の五十嵐太郎・東北大学助教授。一般の人にはその重要性が認識しにくい50年代や60年代の建築が失われつつある現状に警鐘を鳴らしている(写真:日経アーキテクチュア)