「2012年に実施した働き方改革は環境を変えて労働時間を短くするという、量に着目した取り組みだった。現在進めている2度目の働き方改革の目的は業務の質の変革である」――。全日本空輸(ANA)のIT部門であるデジタル変革室イノベーション推進部で働き方改革に取り組む永留幸雄氏は2019年10月11日、「日経 xTECH EXPO 2019」(2019年10月9~11日、東京ビッグサイト)に登壇した。同社が挑む2度目の働き方改革の考え方と手法を披露した。
1度目の働き方改革は「ワークスタイルイノベーション」と銘打ち、2012年に実施した。当時、「ANAはお客さまに対して、より良いサービスを提供しようと注力している。一方で社員に対してはどうかという問題意識があった」(永留氏)。メールは社内でしか読めない、外出先から帰社すると紙の電話メモが机に置いてある、会議は常に対面で紙で配られた資料を見る、社員教育も集合形式――。「時間や場所の制約が大きく、こんな状態でお客さまにさらに良いサービスを提供できるのかと疑問に思っていた」(同)ことが改革のきっかけだった。
そこで、客室乗務員や運航乗務員、整備士、空港スタッフに米アップル(Apple)の「iPad」を配った。乗務員に携行が義務付けられていた膨大な紙のマニュアルを電子化したほか、研修にeラーニングを採り入れた。本社でも文書管理システムや米グーグル(Google)のグループウエアクラウド「Google Apps(現G Suite)」、リモートデスクトップ、社内無線LAN、業務用iPhoneなどを次々と導入した。こうした多方面に渡るデジタル導入により、残業や紙の使用量、交通費などを削らす効果があったという。それでも永留氏は「業務の質は変わっていなかった」と指摘する。
2度目の働き方改革は2017年度に検討を始め、2018年度から取り組み始めている。ここでは「新しい働き方をリビルド(再構築)しようと考えた」(同)という。具体的には、社員個人に属人化している業務をひもといてチームで共有したり、日々のルーティンワークに忙殺される状況を解消して創造的な業務へとシフトしたりすることなどを目指した。目を付けたのが、基幹業務システムがカバーしていない複数の業務だ。
「予約や運航、整備といった重厚長大なシステムの内部ではある程度自動化が進んでいるが、システム間の連携は人海戦術だった。社員がデータをダウンロードしてCSVデータで受け渡すといった状況で、マクロなどを使いながら何とか業務をこなしていた。強固に造られた基幹業務システムというビルの壁を破るのではなく、ビルとビルの隙間でデジタルを活用して働き方改革を進めていこうと立案した」。永留氏は当時をこう振り返った。
最初に着手したのがロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)の導入だ。試験導入で93~98%の作業時間削減効果があった。2018年度に本格導入を始め、2019年度末までの累計で約1万4000時間分の作業時間を削減できる見通しだ。導入部門はグループ会社も含め、ほぼ全部門にまんべんなく広がっているという。
適用しやすい業務を見つけ、現場に探してもらう
短期間で大きな効果を出せた秘訣は、導入先の選定にある。「社内を見渡して、例えば羽田と成田、伊丹など複数拠点で同じ業務をしている部署や、恒常的に残業が多い部署、社員満足度調査で満足度が低い部署などにこちらから働きかけた」(永留氏)。
好調なスタートダッシュを切っただけでは満足しなかった。永留氏らはRPA導入の勢いをさらに加速させるため、「RPAを有効活用しやすいであろう、6種類の業務の類型を定義した」(同)。具体的には「データ集計・出力」「データ突合・判定」「システム間連携」「入力・登録」「情報モニタリング」「Webクローリング」である。この6類型に当てはまりそうな業務は身の回りにありませんか――。そう全社に呼びかけている。
RPAに続いて社内展開を始めたAI(人工知能)でも同様に、AIを有効活用しやすい業務類型を全社にアピールする手法で横展開を試みている。こちらの6類型は「判別」「分類」「検知」「推定」「予測」「相関」である。「RPAと異なりAIは手ごわい。データの収集から教師データの作成、予測、業務への適用、そしてメンテナンスというプロセスを数週間で回すのは難しいからだ。ただ、そこでAIを諦めるのではなく、RPAと同様にAIの得意技を特定すれば自分たちでも取り組めると考えた。『AIは何でもできる魔法のつえではなく、示唆を得られるビジネスツールだよ』とアピールしている」(同)。
今後はデジタル技術の組み合わせを強化していくとする。例えば、RPAとAIに加えてIoT(インターネット・オブ・シングズ)を活用する。IoTで集めたデータをRPAが集計し、それを基にAIが予測を立てて最適解を導くといった一連の流れで働き方改革を進めるという。それらと親和性の高い技術も活用していく方針だ。
永留氏は「ビルとビルの間に落ち込んでいる業務、ビルとビルをつなぐ業務を、デジタルツールにどんどん寄せていく。それが私たちの考える2019年の働き方改革だと思っている。働いて『楽しい』『やり切った』という満足感を得られるといった質にもこだわりながら、デジタルを積極的に使ってANAの働き方改革をどんどん進めていきたい」と強調し、働き方改革の歩みをさらに進める決意を示した。