全3153文字
PR

 完全リモート開催となったCES 2021では、さまざまなプレスカンファレンス、キーノート、トーク、ディスカッションなどが行われたが、筆者が最も注目したのは日本時間の2021年1月13日に配信された、米国視聴率調査会社のニールセン(The Nielsen Company)のSVP(シニア・バイス・プレジデント)を務めるブライアン・フーラー(Brian Fuhrer)氏の講演「If The Stream Works, The Dream Works: Streaming TV」だった。

 「アメリカでは、新型コロナウイルスのステイホーム期間で、ストリーミングサービスを享受する家庭が増えています。ストリーミング受信可能世帯における比率は2019年の21%から2020年は23%に増えました。傾向としては35歳以上のユーザーが増えています。総視聴時間に占める割合でみると、2019年12月の52%が1年後に57%に増えました。この期間、それまでストリーミング機能のあるテレビでも使われていなかったのが、(ユーザーが)ネットに接続して使い始めたのです。つまりメディア消費行動が変わったのです」(フーラー氏)。

 なるほど、と聞いていたが、次のスライドは衝撃的だった。「もう一つの大きな変化が、封切り(ファーストラン)を直接テレビで行うスタジオ(映画会社)が増えたことです。テレビの画面がすごく大きくなったので、まるで劇場のような感覚で観ることができます」(フーラー氏)。これは何を意味するのかと、つまり家庭がそのまま劇場になるということに他ならない。

 「家庭劇場」とは、決して新しいコンセプトではない。ホームシアターという言葉は数十年前から人口に膾炙(かいしゃ)しているが、これまでのイメージでは、劇場と同じように暗くして、劇場と同じように離れた場所から、映画をプロジェクターでスクリーンに投射して鑑賞する――というものだった。ところが今回のCES 2021では、これまでの時代と違うことが分かった。それは「ウインドウ」だ。

 エンターテインメント業界における「ウインドウ」とは、映画コンテンツの公開順序のこと。これまでは、絶対的に劇場が最初に封切られ、次いで旅客機内で公開、それから数カ月たってDVDやBD(ブルーレイディスク)、ペイ・パー・ビュー、ペイテレビ、ネット配信などの有料メディアに、さらに時間がたって地上波などの無料放送へと、公開には厳密な順番が定められていた。場所で単純化すると「劇場→→飛行機→→家庭」となる。それは、ステータスの順番でもあった。封切りの劇場が最も偉く、ホームシアターはかなり下のステータスであった。ところが、新型コロナウイルス感染症拡大により多くの劇場が営業停止を余儀なくされ、スタジオはいや応なしに、OTT(Over The Top)を経由して家庭でダイレクトに封切る道を選んだ。

 一つが「The Tax Collector」(RLJE Films配給)、もう一つが「Bill & Ted Face the Music」(邦題「ビルとテッドの時空旅行 音楽で世界を救え!」、オライオン・ピクチャーズ製作)――。ニールセンのフーラー氏はこう解説した。

「THEATRICAL VOD」が登場
「THEATRICAL VOD」が登場
ニールセンのSVP、ブライアン・フーラー氏の講演「If The Stream Works, The Dream Works: Streaming TV」から。
[画像のクリックで拡大表示]

 「これはVODの中でも、“THEATRICAL VOD”(劇場公開作品のVOD)という最新の分野です。The Tax Collectorは累計1億5000万時間、Bill & Ted Face the Musicは1億9990万時間のストリーミング視聴がありました。特に注目はBill & Ted Face the Musicで、35歳から54歳の視聴者が、全体の55%を占めたことです。これまでは若い人がストリーミング配信の主体でしたが、ケーブルテレビでリニア放送を見ているミドル層が、THEATRICAL VODに参入したことも注目です」(フーラー氏)。

 このような「テレビファースト」の動きは、新型コロナ禍の一時的な現象ではなく、新型コロナ後も続くとみられる。そもそも、劇場封鎖で家庭に走るという動きが来る前から、ネットフリックス(Netflix)のオリジナル映画が非常に多くの視聴者に見られているわけで、それこそ、テレビのために作られた作品たちであり、劇場は完全にスルーしている。

Netflix作品は大人気
Netflix作品は大人気
ニールセンのSVP、ブライアン・フーラー氏の講演「If The Stream Works, The Dream Works: Streaming TV」から。
[画像のクリックで拡大表示]

 ここから言えることは、「家庭劇場」こそこれからのエンターテインメントの本拠地である、ということだ。家庭でのエンターテインメント体験をより高度化したいというニーズは全世界を覆っている。米ドルビーラボラトリーズ(Dolby Laboratories)が20日に開催した「ドルビーサミット」で明らかにしたところによると、「よりよいオーディオビジュアル体験を望み、そのためにお金を払ってもよい」という意向を持つ人は、米国調査では72%、世界では77%。「オーディオビジュアルのアップグレードに取りかかる構え?」という問いには、世界の82%が今後6カ月の間に、エンターテインメント体験を上げるために、テレビなどの映像デバイスを買う計画があると答えた(米Wakefield Research調べ、2020年10月1~16日、18歳以上の中国2000人、インド1000人、フランス1000人、米国1000人調査)。

Dolby研究所の世界視聴者調査
Dolby研究所の世界視聴者調査
「ドルビーサミット」で明らかにした。
[画像のクリックで拡大表示]

 そうした流れを受け、今回のCES 2021では、家庭の大画面を目指したディスプレー開発が目立った。それもこれまでのホームシアターのように、「暗所で、離れた場所からのプロジェクターでのスクリーン投射」ではなく、明るい環境で、高輝度な大画面を実現するディスプレーシステムの登場が注目されたのである。

 一つが中国・海信集団(ハイセンス)のレーザーテレビ。レーザー光源の超短焦点プロジェクターをハイセンスは「レーザーテレビ」とブランディング。コンベンショナルなホームシアター用のプロジェクターと異なり、明るい環境で投映する。2015年に初めてCESで披露されたときは2K、ブルーの単一レーザーだった。2017年に4K化、2018年に2レーザー、2019年にRGBの3レーザーとなった。注目はスクリーンサイズ。これまで75、80、88、100インチと毎年、大画面化してきたが、2021年は「300インチ」を打ち出した。それは家庭劇場を超え、もはやミニシアターの領域だ。

[画像のクリックで拡大表示]
300インチを打ち出したハイセンス
300インチを打ち出したハイセンス
「レーザーテレビ」と名付けた。出所:ハイセンス
[画像のクリックで拡大表示]

 マイクロLEDも、すでに2020年秋に韓国サムスン電子(Samsung Electronics)が110インチの家庭用ディスプレー「MicroLED TV」を発表。ソニーもCrystal LEDについての取材で、長尾和芳氏(ソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ HES商品戦略室部門長)が、「これまでは別々だったテレビ技術とプロジェクター/LEDディスプレー技術を統合し、さらに商品力の強いディスプレーを作る」と述べた。加えて、「家庭用のCrystal LEDを手掛けるのは私の野望ですが、いま現在はまだコスト高。まずはコンテンツ制作分野で画質を磨き、やがてリビングルームやメディアルームに入る、明るい環境でも楽しめるCrystal LEDディスプレーを実現したい」と言った。

110インチの家庭用ディスプレー「MicroLED TV」
110インチの家庭用ディスプレー「MicroLED TV」
2020年秋にサムスン電子が発表した。
[画像のクリックで拡大表示]

 確かにサムスン電子のマイクロLEDディスプレーは1億7000万ウォン(日本円で約1600万円)と何とも高価。初物はとにかく高いが、普及とともにコストダウンされるのも、家電の習わしだ。ソニーのCrystal LEDも同じく家庭用を視野に入れている。

 ストリーミング配信の飛躍がもたらした「テレビファースト」は、テレビやディスプレーのメーカーに大きなビジネスチャンスをもたらしている。