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世界最大級の産業技術の展示会ハノーバーメッセは、2021年はデジタル版「HANNOVER MESSE 2021: Digital Edition」(21年4月12~16日)としての開催になった。10周年を迎えた「Industry 4.0」が、カーボンニュートラル(炭素中立)への意識の高まりや、5Gの実用化の進展などによって次の姿を明らかにしつつある。その現状を主な講演プログラムと、ドイツ企業の製品発表から読み解く。

写真:ドイツ・メッセ
写真:ドイツ・メッセ
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 リアルなしの全面デジタルイベントとはいえ、会期は例年の「ハノーバーメッセ」と同じく4月の5日間。初日にドイツのアンゲラ・メルケル首相が遠隔ながら参加し、開会を宣言したのも例年通りのスタイルだった*1

*1 昨2020年は例年通りのイベントを中止し、3カ月遅れの20年7月に2日間の代替デジタルイベントを開催した。

 話題の中心はカーボンニュートラル(炭素中立)、第5世代移動通信システム(5G)などの最近のトレンド。2011年に「Industry 4.0」が提唱されてから10年の節目に当たり、製造業DX(デジタルトランスフォーメーション)の次のステップをどうしていくかが大きなテーマだった。

 期間中、約9万人の登録参加者による約350万のページビューと約70万の検索があり、ライブストリーミング視聴は約14万件*2。主催者は「予想以上に好意的な反応」(ドイツ・メッセCEOのヨハン・カックラー氏)とする一方で「リアルのイベントを完全に置き換えるのも無理」(同)。経験を生かして22年以降は「リアルとデジタルの最適な組み合わせを追求したい」(同)とハイブリッド化に意欲を見せる。

*2 出展した企業や団体の数は約1800で、うち約500がハノーバーメッセへの初参加という。新製品の出展は約7000で、そのうち1700がハノーバーメッセで初めて披露されたものだった。出展者は700本を超えるライブストリーミング、750本の製品紹介ビデオなどで製品を紹介したほか、1150人以上がオンラインで講演した。会期後21年6月11日まで視聴可能とした。

カーボンニュートラル
主導したい緑の党
自由を持ちたい工業会

 会期初日のライブストリーミング「2050年のヨーロッパ・クライメートニュートラル(気候中立)*3を実現する」には、ドイツ「同盟90/緑の党」共同党首のアンナレーナ・ベーアボック氏が登場した。緑の党は最近支持率を高めており、ベーアボック氏は21年9月の連邦議会選挙で首相になる可能性が高いとみられる*4。この“時の人"をオンラインで招き、ステージに並ぶ産業界のトップ2人、VDMA(ドイツ機械工業連盟)会長のカール・ハエウスゲン氏、ZVEI(ドイツ電気電子工業連盟)会長のグンター・ケーゲル氏と議論する企画だ(図1)。

*3 クライメートニュートラル
「気候に影響を与えない」意味で、「二酸化炭素量に影響を与えない」カーボンニュートラルと実質的に同じ意味だが、二酸化炭素以外の温暖化ガスなども含めて気候変動要因全般を対象とした表現。
*4 会期直後の21年4月19日、緑の党は連邦議会選挙に向けベーアボック氏を首相候補に選出したと発表した。
図1 緑の党共同党首のベーアボック氏(左)と工業会トップ(右)
図1 緑の党共同党首のベーアボック氏(左)と工業会トップ(右)
右写真はステージの様子。左端が司会者、中央がZVEI会長のグンター・ケーゲル氏、右がVDMA会長のカール・ハエウスゲン氏。ディスプレー内が緑の党共同党首のアンナレーナ・ベーアボック氏。(出所:ライブストリーミングの画面をキャプチャー)
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 ドイツでは政治と産業界は、カーボンニュートラルに対して協力しあう立場という理解が進んでいる。しかし、具体的な進め方について「政策によりインセンティブを設けて、産業界の協力を得たい」というベーアボック党首に対し、工業会側が若干の警戒感を示す。ハエウスゲン会長は「ガイドラインは必要だが、厳格すぎると産業界の自由度が狭まる」、ケーゲル会長は「イノベーションへの支援は歓迎だが、企業には自由を与えるべき」と政治に注文を付ける。

 具体例として「排ガス規制『Euro 6』は、これまで内燃機関の効率を高める技術開発を確かに後押ししたと思うが、次期排ガス規制『Euro 7』はエンジンの熱力学の限界に達している」(ハエウスゲン会長)、「実現できない規制を設けても意味がない」(ケーゲル会長)と、欧州連合(EU)が25年以降の施行を目指すEuro 7に対する疑問を表明した。

 電気自動車(EV)についてベーアボック党首は「これまで欧州は段階的(な甘い)規制により、むしろ現状を維持しようとしてしまったため、EV開発で先行するチャンスをみすみす逃して(米Teslaなどに)後れを取った」と、EV普及を強く推進したい立場を表明。これに対してハエウスゲン会長は「化石燃料と内燃機関は分けて考えるべきだ。化石燃料の使用がよくないのであって、グリーンな(再生エネルギーによって製造した)水素を使う内燃機関なら問題がないはず(なので技術をEV1本に絞る政策は好ましくない)」と発言した。

 カーボンプライシング、すなわち排出する二酸化炭素(CO2)の量に応じて税や賦課金を設定する政策に関しては、方向を転換するようハエウスゲン会長が訴えた。「CO2を排出しない技術のコストがまだ高く、技術発展を促すにはCO2の価格を1t当たり110ユーロ前後に設定するのがよいとVDMAは考えている。エネルギー源ごとにCO2排出量に応じて価格を設定し、燃料は高く、電気は安くすれば、CO2削減の技術開発にインセンティブが働く」と主張した*5

*5 ドイツのEEG(再生可能エネルギー法)により、再生可能エネルギーで発電した電力は送電会社が買い取る結果、これまで電源についての再生可能エネルギーへの移行が進んだ。ただし、買い取りの財源がEEG賦課金として電力料金に上乗せされているため電力料金が高くなり、相対的に安価な暖房や自動車用の燃料からの移行が現行の枠組みでは進展しない、とVDMAなどが主張している。