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 季節はすっかり春。寒さに耐えた北国からは、雪解けを喜ぶ声が聞こえてくる。だが、自動車業界からは嘆きもこぼれる。「雪がなくなってしまう」─。地球温暖化の進行を憂えているわけではない。声の主は、自動運転技術の開発に携わる技術者たちである。解決が求められる高いハードルとして立ちはだかる「雪」。その攻略を目的とした試験ラボが、神戸市で動き始めた(図1)。

図1 エスペックが神戸市に開設した「全天候型試験ラボ」
図1 エスペックが神戸市に開設した「全天候型試験ラボ」
含水量の異なる湿雪と乾雪を降らせることができる。車両前方から雪を含んだ風を吹き当てることで走行中の様子を模擬する着雪試験も可能。(撮影:日経Automotive)
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 雪の難しさが分かる例が、ホンダが2021年3月5日に発売した新型セダン「LEGEND Hybrid EX・Honda SENSING Elite」だ。世界に先駆けて「レベル3」の実力を備えた市販車だが、その自動運転機能は「特定の条件下」(ホンダ)に限って作動できるとした。

 新型レジェンドの開発責任者を務めたホンダ四輪事業本部ものづくりセンターの青木仁氏は自動運転機能の限界について、「雪は路面の白線が見えなくなるので作動できない」と説明する。カメラで白線を検知できない以外にも、各種センサーに雪が付着して誤認識を引き起こす懸念もある。だからホンダは、安全策として雪の条件下でのレベル3運転を見送った注)

注)雪で自動運転/ADAS(先進運転支援システム)の機能をオフにするのはホンダに限った話ではない。日産自動車がセダン「スカイライン」に搭載した手放し運転機能も、雪の悪条件下では作動しない。

 「特に難易度が高いのが、雨からみぞれ、そして湿雪に変わっていく天候の変化である。自動車メーカーや部品メーカーは入念な検証を続けているが苦戦しているようだ」。こう語るのは、環境試験器大手であるエスペックの開発本部で技術開発部長を務める青木雄一氏である。

 水分を多く含んだ湿雪は車体に張り付きやすく、自動運転/ADAS(先進運転支援システム)に使うセンサーを覆ってしまう。各社が頭を悩ませているのがこの問題への対応だ。

 対応策として、センサーを取り付けているガラスやフロントグリルなどにヒーターを仕込んだり風圧で吹き飛ばす機構を設けたりすることが検討されている。コスト面を考えると、センサーやガラスなどの表面にコーティング処理を施すだけで雪の付着を防ぎたい。

 自動車メーカーや部品メーカーは対策技術を携えて、雪国へ向かう。日本では北海道や、湿雪が多い北陸地方などで性能検証を進めるのが通例だ。当然、北欧など海外にも足を運ぶ。だが、新型コロナウイルス禍ではかつてのような自由な移動は難しい。それでも、自動運転/ADASの開発競争は加速を続ける。来年の雪を悠長に待つほどの余裕はないのだ。

7つの気象環境因子を動的に変化

 こうした自動運転開発のジレンマを解消することを目指してエスペックが神戸市の拠点に開設したのが、地球上の様々な気象条件を再現できる「全天候型試験ラボ」である(図2)。21年3月に稼働を始めた同ラボの最大の特徴は、「7つの気象環境因子を高精度に制御し、かつ複数の因子を動的に変化させることで自然界に近い環境変化を再現できる」(エスペック取締役上席執行役員カスタム機器本部長の末久和広氏)点だ。

図2 気象環境の変化を模擬
図2 気象環境の変化を模擬
全天候型試験ラボは、車両1台が入る「試験室」と「造雪室」、「気流発生室」から成る。みぞれから雪への変化や、霧の濃さの制御、太陽光の色温度の調整などが可能。(出所:エスペック)
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 制御できる気象環境因子は、温度と湿度、雪、雨、霧、太陽光、風の7つ。降雨量や降雪量などを制御できる設備は珍しくないが、「気温を徐々に上げつつみぞれから雪に変えていくなど、動的に環境を変化させられる試験設備は世界で初めて」(青木氏)だ(図3)。

図3 西日が差す夕方に濃霧が発生した環境を再現
図3 西日が差す夕方に濃霧が発生した環境を再現
前方監視用カメラの認識精度が大幅に低下する懸念があるシーンである。(撮影:日経Automotive)
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 自動車業界が難題と位置付ける雪に関しては、含水量が10%の乾雪と同25%の湿雪の2種類を再現できる。しかも停車中の降雪だけでなく、車両前方から雪を含んだ風を吹き当てることで走行中の様子を模擬できる。これにより、走行中のセンサーへの着雪量などの評価が可能になった。

 もちろん、この試験ラボだけで雪対策が完了するわけではない。車両自体は停止しているためセンサーの認識能力の評価は別途必要になる。それでも、「着雪の具合を事前に把握しておくことで、寒冷地での実地試験の前に対策技術をつくりこんでおける」(同氏)ため、開発期間の短縮には大きく寄与する。

 雪以外にも、自動運転技術者が対応すべき気象環境は多い。ホンダの新型レジェンドは降雪に加えて、「強い雨や逆光、または高温などの条件でもレベル3の自動運転機能は使用できない」(同社)という。

 自動運転開発では障害物を認識するアルゴリズムや運転を制御するAI(人工知能)などソフトウエアの進化に注目が集まるが、それを支えるハードウエアもまた重要だ。様々な環境での評価試験を積み重ねることが、センサーなどの部品、ひいては自動運転システムの信頼性に効いてくる。