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 「(切り増しや切り戻しといった)修正操舵(そうだ)を車両側が担うようになれば、路面情報を(操舵反力として)運転者に伝える必要はない。車両側で修正し切れないときは、音や光で通知すればよい」〔日立Astemo(アステモ)技術開発統括本部次世代シャシー開発本部ジェネラルマネージャーの桐原建一氏〕。日立アステモは、そんな考えから路面情報を操舵反力としては伝えないと割り切ったクルマ向け新操舵デバイスを試作した(図1)。

図1 試作した新しい操舵デバイス
図1 試作した新しい操舵デバイス
右側の席の左に見えるマウスのような形状のものが試作したデバイス。(写真:日立アステモ)
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 試作したデバイスとは、もちろん、ステアリングホイールの代替を狙ったものだ。自動運転レベル4以上の車両を対象として限定したものではなく、高齢者や障害者といった運転弱者を含むより幅広い人々に、レベル2くらいの車両でも使ってもらえるものを目指している。高齢者はステアリングホイールを切るのが遅れて事故を起こすというケースもある。手先で簡単に操作できれば、それを防げる可能性がある。障害者についてもステアリングホイールをぐるぐる回すのが困難な場合がある。

 その最大のメリットはコストを低減できることだ。従来型の操舵デバイスであるステアリングホイールを使ったステア・バイ・ワイヤ(ステアリングホイールと車輪を機械的につながず電気信号で車輪を制御するシステム)は、操舵側と転舵(てんだ)側の双方にアクチュエーター、すなわちモーターと電子制御ユニット(ECU)を持たせている。現状の電動パワーステアリング(EPS)がそれらを転舵側にしか使っていないにもかかわらずだ。ステアリングホイールを使ったステア・バイ・ワイヤがEPSに比べてコストが高いことは自明だろう。

 日立アステモが試作した新しい操舵デバイスは、EPSと同様、モーターやECUを転舵側だけに搭載すれば済む。ステア・バイ・ワイヤの低コスト化に貢献する。

 そのために工夫したのが、同デバイスにおける操舵反力の発生のさせ方である。操舵反力を機械的につくり出し、モーターを使わない仕組みを追求した。

 桐原氏によれば、操舵特性を決めるうえで基本となるのが、「ばね」「ヒステリシス」「ダンパー」と呼ばれる3つのパラメーターだ。ばねは、どれだけ操舵したかを示す反力に直結するパラメーター。ヒステリシスは、操舵し始めや保舵(ほだ、操舵角を維持)する際の“ため”に相当するパラメーターである。操舵中に少しでも力を抜くと、ばねだけでは動いてしまう。ヒステリシスを与えれば、操舵力が多少変動しても操舵角を保ちやすく、人間にとって操作しやすくなる。

 そして、ダンパーは、操舵速度に応じて特性を変えるべきだとの考えに基づくパラメーター。例えば、スラロームで走行するときに、操舵する速さに応じて力を変えてやるほうが人間は操作しやすい。また、ダンパーの要素を取り入れることで、操舵デバイスから手を放したとき、急激に戻らないようにすることができる。使い勝手につながるパラメーターといえる。

 試作した新しい操舵デバイスでは、こうした3つのパラメーターを「それぞれ機械的につくり出している」(同氏)。それにより、操舵側からモーターやECUを省くことを可能にした。3つのパラメーターをつくり出すための機械的な要素と舵角センサーで構成する。

 もっとも、ステアリングホイールを使う通常のステア・バイ・ワイヤでは、操舵側にもモーターとECUを使うことで、車速に応じて操舵反力を繊細に変化させることを可能としている。新しい操舵デバイスでは、車速に応じて操舵反力を変えることはしていない。冒頭で触れた路面情報を操舵反力としては伝えないという点に加えて、ここにも割り切りがある。