スズキは新型軽自動車「ワゴンRスマイル」を、2021年9月に発売した。後部ドアにスライドドアを採用し、ベース車両の「ワゴンR」より使い勝手を良くした。先進運転支援システム(ADAS)用センサーを刷新し、予防安全性能を高めた。スライドドアなどの採用に伴い、衝突安全への新たな対応が必要になったが、ボディー骨格の改良によってこれらの課題に対応した。
スズキの調査によると、ベース車両の「ワゴンR」に乗っているユーザーの4割が、「次はワゴンRと同程度の全高のスライドドア車に乗りたい」と答えたという(図1)。
なぜ今、スライドドア車が人気なのか。同社四輪商品第一部アシスタントCE課長代理の新美大輔氏は、「一度スライドドア車を経験すると、その便利さから、なかなかヒンジドア車に戻れないのではないか」と分析する。例えばワゴンRのほかに、もう1台スライドドア車を保有するユーザーが当てはまる。
「生まれたときから、スライドドアに慣れ親しんできた人も多い」(新美氏)と言う。親が運転するスライドドア車の便利さを経験した子供が、成長して自らクルマを購入するといった場合だ。
ヒンジドア車の場合、狭い駐車場では子供が乗り降りする際に、隣のクルマにドアをぶつけやすい。強風の際には、風の力でヒンジドアが勢いよく開いたり閉じたりすることもある。そうした心配が少ないスライドドア車は、以前からファミリー層に人気があった。
手ごろな価格を追求
一方で、「スライドドア車にすれば売れるとは限らない」(新美氏)と言う。スズキにはスライドドアの軽自動車として「スペーシア」がある。同車がファミリー層向けなのに対して、ワゴンRスマイル(以下、新型車)は個性を大事にするパーソナルユース向けと位置づける。このため、ボディー骨格やフロントシートなどはスペーシアの技術をベースとしながらも、全高を抑えたルーフラインはワゴンRを踏襲しており、ワゴンRとスペーシアの中間を意識したという(図2)。
ワゴンRは「手ごろな価格」もユーザーへの訴求点であるため、新型車でも簡易ハイブリッド機構を搭載しない仕様を用意するなど、購入の敷居を下げた。
スライドドアを採用しながら、他車のようにセンターピラーをなくして開口部を広くする構造にしなかったのも、「実利を優先したため」(新美氏)とする。センターピラーをなくすと、ドアに垂直の補強や固定用の機構を入れる必要があり、コストが高くなるという。
内装も、スペーシアほどの豊富な収納機能は持たせず、必要最小限に抑えることでコストを抑制しつつ、スタイリッシュなカラーや装飾を生かした。
9インチのタッチスクリーンを持つインフォテインメント(車載情報システム)は、軽自動車の「ハスラー」や小型車「ソリオ」に採用したものを流用する。対向車とすれ違う際に運転者がカメラの映像を確認できる「すれ違い支援機能」をスズキとして初めて搭載したのは、運転に不慣れな若年層を念頭に置いた提案という。
ボディー骨格の改良で衝突安全性を強化
前述したように新型車は、使い勝手を良くするため、後部ドアにスライドドアを採用した。また、車両前方の視認性を高めるため、フロントウインドーの両脇に「フロントクオーター」という大きな窓を設けた。
これらの装備を搭載したことで、前面衝突や側面衝突などの衝突安全への新たな対応が必要になった。スズキはワゴンRのボディー骨格を改良することで、これらの課題に対応した。ボディー設計の意地をかけたクルマといえそうだ。
ワゴンRのボディー骨格の場合、前面衝突時の衝撃荷重をフロントピラーやサイドシルなどを通じて後部に逃がす。衝突時に乗員室を変形させないために、フロントピラーやサイドシルには、引っ張り強さが980MPa級の高張力鋼板(冷間プレス材、以下同じ)を使っていた。
これに対して新型車では車両前方の視認性を高めるために、フロントウインドーの両脇に大きな窓を設けるとともに、フロントピラーの幅を細くした。ただ、同ピラーを細くすると、ワゴンRの骨格構造のままでは前面衝突に対応するのが難しくなる。
そこで新型車では、「ワゴンRに対してボディー骨格の一部の構造を変えた」と新美氏は言う。具体的には、フロントピラーの下部に骨格部材を追加して、ロードパス(衝撃荷重の伝達経路)を増やした。これにより、衝突時の荷重を車両後部に効率的に逃がせるようにした。追加した骨格部材は、1.2GPa級の高張力鋼板である(図3)。