全4696文字
PR

トヨタ自動車は、2021年10月に発表した新型SUV(多目的スポーツ車)「レクサスNX」のボディー骨格に、引っ張り強さが1.5GPa級の高張力鋼板(冷間プレス材)を適用した。ボディー骨格に使う1.5GPa級高張力鋼板はこれまで、ホットスタンプ(高張力鋼板の熱間プレス材)の独擅場(どくせんじょう)だった。今回プレス成形が難しかった部位に使えるようになったことで、1.5GPa級高張力鋼板の主役がホットスタンプから冷間プレス材に交代する可能性が大きくなってきた。

写真:トヨタ自動車
写真:トヨタ自動車
[画像のクリックで拡大表示]

 これまで1.5GPa級冷間プレス材には、高い寸法精度を確保するのが難しいといった複数の課題があった。トヨタ自動車はJFEスチールが開発した新たな冷間プレス用鋼板と成形法を活用することで、これらの壁を乗り越えた。新たな成形法を用いた骨格部材の製造は、自動車関連部品などを手掛ける太平洋工業が担当した。

 トヨタが1.5GPa級冷間プレス材を適用したボディー骨格の部位は、中央ルーフ・クロス・メンバー(同社はルーフ・センター・リインフォースメントと呼ぶ)である。新型「レクサスNX」(以下、新型車)にはガラス製ルーフを採用する車種と、鋼板製ルーフを採用する車種がある。1.5GPa級冷間プレス材を使用したのは、鋼板製ルーフの車種である(図1)。

図1 トヨタ自動車の新型「レクサスNX」
図1 トヨタ自動車の新型「レクサスNX」
1.5GPa級冷間プレス材を中央ルーフ・クロス・メンバーに使用した。素材はJFEスチールが供給。同社が開発した新工法を用いて、太平洋工業が製造した。(画像:トヨタ自動車)
[画像のクリックで拡大表示]

 前述したように、ボディー骨格に使う1.5GPa級高張力鋼板は現在、ホットスタンプの独擅場である。新型車の中央ルーフ・クロス・メンバーに1.5GPa級ホットスタンプを使うことも可能だったが、トヨタは1.5GPa級冷間プレス材を選んだ。

 その理由を同社Lexus Internationalレクサスボデー設計部ボデー設計室でグループ長を務める島崎隼一氏は、「側面衝突への対応を強化することに加えて、軽量化と原価低減を実現するため」と話す。

側突対応と軽量化、原価低減が狙い

 中央ルーフ・クロス・メンバーは左右のセンターピラーとつながり、環状構造のボディー骨格を形成する重要な部位である。ボディー骨格を環状構造にすることで、骨格自体の強度を高められる(図2)。

図2 新型車のボディー骨格
図2 新型車のボディー骨格
側面衝突への対応に加えて、軽量化と原価低減を両立するために、中央ルーフ・クロス・メンバーに1.5GPa級冷間プレス材を適用した。センターピラーやフロントピラーは1.5GPa級ホットスタンプである。トヨタ自動車の資料を基に日経Automotiveが作成。
[画像のクリックで拡大表示]

 先代レクサスNX(以下、先代車)では中央ルーフ・クロス・メンバーに590MPa級冷間プレス材を使っていたが、新型車は1.5GPa級冷間プレス材に変更して、側面衝突に対する安全性能を高めた注1)

注1)ガラス製ルーフを採用する新型車には、中央ルーフ・クロス・メンバーが無い。そのため、同ルーフのユニットに鋼板製の補強材を追加して、側面衝突に対応しているという。

 また、1.5GPa級冷間プレス材を使うことで中央ルーフ・クロス・メンバーの質量が、先代車に比べて約0.3kg軽くなった。これにより車両の重心高が下がり、操縦安定性の向上に寄与した。さらに、ホットスタンプは成形前に加熱する必要があるが、冷間プレス材は加熱する必要がないため、「ホットスタンプよりも製造原価を下げられる」(島崎氏)という。

フロントピラーなどへの適用も視野

 ただ新型車では、センターピラーやフロントピラーには1.5GPa級ホットスタンプを使っている。このうちフロントピラーについては、「原価低減の面から見て、今後は冷間プレス材の採用が有望」と島崎氏は述べる。

 一方、新型車のセンターピラーは「パッチワーク工法」という手法で造っている。アウター材とインナー材を重ね合わせてスポット溶接した後に、熱間プレス成形するものである。従来は2つの部材を成形してから溶接していた。製造原価の面で冷間プレス材の方が優位であると確認できれば、同工法で造るセンターピラーも冷間プレス材に変更する可能性がある。

 さらにトヨタはレクサス車だけでなく、トヨタ車への1.5GPa級冷間プレス材の適用も視野に入れている。1.5GPa級冷間プレス材がホットスタンプの牙城を崩す可能性が大きくなってきた。

 実は1.5GPa級冷間プレス材は既に、日産自動車の小型車「ノート」のボディー骨格に採用されている。「前部フロア・クロス・メンバー」という部位である。JFEスチールや自動車用プレス部品メーカーのユニプレスと共同開発した。素材となる冷間プレス用1.5GPa級高張力鋼板の開発はJFEスチール、同プレス材の加工はユニプレスが担当した(図3)。

図3 日産「ノート」の前部フロア・クロス・メンバー
図3 日産「ノート」の前部フロア・クロス・メンバー
使用した1.5GPa級冷間プレス材は新型車と同じ素材で、JFEスチールが供給した。形状が比較的単純であるため、今回の新工法は使っていない。日産の資料を基に日経Automotiveが作成。
[画像のクリックで拡大表示]

 ただ、この部材は形状がストレート(直線状)で比較的成形しやすい。そのため、従来の冷間プレス成形方法の改良で対応できた。日産のボディー開発担当者も、「現時点では、形状が複雑な部位に1.5GPa級の冷間プレス材を適用するのは難しい」と明かす。実際に、前部フロア・クロス・メンバーよりも形状が複雑な後部フロア・クロス・メンバーやフロアフレームには、1.5GPa級ホットスタンプを使う。