全5298文字
PR
写真:コンチネンタル
写真:コンチネンタル
[画像のクリックで拡大表示]

自動運転の高度化や交通事故死者ゼロの実現に向け、再び注目を集めているのがV2X(Vehicle to Everything)通信である。ただ、V2X通信を使いこなすためには、国や地域で無線通信方式や通信周波数帯を取り決め、それに見合った環境を整備していかなければならない。将来を見据え、日本はどんな道を進むべきか─。その一端が垣間見えてきた。

 日本のV2X(Vehicle to Everything)通信には、「新たな通信方式が必要」─。最近、こう結論づけたのが、SIP第2期の自動運転である注1)

注1)SIPは、内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム」のこと。SIPでは、2018~2022年度に、「SIP第2期の課題の一つである『自動運転(システムとサービスの拡張)』」(SIP第2期の自動運転)の中で、V2X通信を使った協調型システムについて検討・検証を実施している。

 V2X通信は、車載センサーを駆使する自律型の自動運転車/先進運転支援システム(ADAS)搭載車の限界を補う技術として期待されている。車車間(Vehicle to Vehicle、V2V)、歩車間(Vehicle to Pedestrian、V2P)、路車間(Vehicle to Infrastructure、V2I)、クラウド車両間(Vehicle to Network、V2N)で情報をやり取りすることで、車載センサーでは捉えられない遠くや死角の状況を把握したり、路上の落下物や車線別の渋滞の情報などを入手したりできるようになる(図12)。

図1 V2X通信が再注目される直接的な理由
図1 V2X通信が再注目される直接的な理由
自律型の自動運転システム/ADASの限界、およびNCAP(New Car Assessment Program、新車アセスメントプログラム)の動向がV2X通信に取り組む原動力になっている。AEBは衝突被害軽減ブレーキのこと。(出所:日経Automotive)
[画像のクリックで拡大表示]
図2 駐車車両で遮られた死角に存在する歩行者をV2X通信で把握
図2 駐車車両で遮られた死角に存在する歩行者をV2X通信で把握
ホンダは、実証実験を2021年度に実施し、効果を確認した。紺色のクルマからは、白色の駐車車両に遮られてある時点まで歩行者は見えない。(写真:ホンダ)
[画像のクリックで拡大表示]

 ただ、V2V/V2P/V2I通信では、有力な無線通信方式として、DSRC(Dedicated Short Range Communications)とセルラーV2X(C-V2X)が存在している注2、3)。それぞれが個別に進化していく見通しで、どちらを選ぶか、あるいはその選択を市場に任せるのかといった点で、国や地域の対応は異なっており、複雑化の要因になっている。

注2)DSRCは、IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)が策定した無線通信方式。Wi-Fi向けの標準規格「IEEE 802.11」を高度道路交通システム(ITS)で使用するV2V/V2I通信向けに拡張した「同802.11p」に基づく。車両と、車両/インフラ/歩行者を直接結ぶ直接通信(狭域通信)の規格となっている。
注3)C-V2Xは、3GPP(Third Generation Partnership Project)が自動車の通信による接続性を支援するために策定した無線通信方式。モバイル通信(Uuインターフェース)と直接通信(PC5インターフェース)の双方をカバーしており、LTEをベースとしたLTE V2X(リリース14、15)と第5世代移動通信システム(5G)をベースとしたNR V2X(リリース16以降)が存在する。

 また、V2X通信に割り当てる周波数帯域も、日本の場合は現時時点では760MHz帯(ITS Connect)と5.8GHz帯(ETC2.0)と、世界的に主流な5.9GHz帯からずれている(図3注4、5)。フランスValeo(ヴァレオ)の日本法人によれば、無線通信方式が同じでも、周波数帯が異なると、無線機の基本設計やアンテナが変わってきてしまう。世界の動向を注視しながら、日本としてV2X通信を効果的に使え、かつガラパゴス状態に陥らないように、無線通信方式と周波数帯を選択することが求められている。

図3 日米欧中における高度道路交通システム(ITS)用の無線通信方式と周波数帯
図3 日米欧中における高度道路交通システム(ITS)用の無線通信方式と周波数帯
米国は、かつてはDSRCの導入を進めてきたが、米連邦通信委員会(FCC)がITS用の周波数帯の割り当てを再編しC-V2Xに移行する案を示している。ただ、抗議や提訴の動きもあり、先行きは不透明になっている。欧州は、DSRCの導入に力を入れてきた国もあるが、無線通信方式は特定しないという姿勢だ。中国では5.9GHz帯を、LTEをベースとしたC-V2Xである「LTE V2X」用に割り当てている。なお、同図では帯域幅については反映させていない。(出所:日経Automotive)
[画像のクリックで拡大表示]
注4)ITS ConnectはITS専用周波数(760MHz帯)を用いた無線通信システム。その無線通信方式は、電波産業会の標準規格「ARIB STD-T109」(760MHz帯)で規定されており、狭域通信の1つの方式であるDSRCに属する。
注5)ETC2.0は、高速道路に設置された通信アンテナ「ITSスポット」とETC2.0対応車載機が双方向で通信することにより、ETCのような料金収受サービスだけではなく、渋滞時の迂回ルート提示など多彩なサービスを提供できるようにしたもの。その無線通信方式は、「ARIB STD-T75」(5.8GHz帯)で規定されている。広義ではDSRCに属するものだが、世界の標準的なDSRCとは違いも多い。

 ちなみに世界的には、中国が5.905~5.925GHzを、LTEをベースとしたC-V2Xである「LTE V2X」用に割り当てている。米国は、高度道路交通システム(ITS)向けに5.850~5.925GHz(10MHz×7チャネル)を割り当てており、現状では制度上はDSRCも使える。だが、米連邦通信委員会(FCC)がそのうちの下位4チャネルはWi-Fiに、上位3チャネルをC-V2Xの狭域通信であるPC5に割り当てるという再編成案を示している注6)

注6)これにより、米国は、いったんはDSRCからC-V2Xにかじを切ったとみられたが、米運輸省(DOT)や上下院議会、米電気通信情報局(NTIA)が抗議の姿勢を示している。さらに、州レベルの運輸省や米Intelligent Transportation Society of America(ITS America)が行政手続法違反として提訴するなど、先行きはまだ不透明な様相である。

 欧州は、ITS帯域として5.855~5.935GHzを割り当てているが、制度上は無線通信方式を特定していない注7)。韓国、シンガポール、オーストラリア、カナダ、ブラジルも、ITS向けに5.9GHz帯を割り当てており、制度上は無線通信方式を特定していない。

注7)ただし、帯域ごとに利用用途(非安全系のITSサービス、安全系のITSサービス、Urban Railへの利用を優先したITSサービス、Urban Rail専用)を規定している。