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撮影:加藤 康
撮影:加藤 康
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交通事故死者をゼロにする─。2050年の目標達成に向けて、取り組みを加速させるのがホンダである。「言うは易く行うは難し」の目標である死亡事故ゼロに向けて、実際にどのようなシナリオで取り組んでいくのか。ホンダで安全技術開発を主導する髙石秀明氏に疑問をぶつけた。(聞き手=久米秀尚、小川計介)

まず、2050年に全世界でホンダ車が関与する交通事故死者をゼロにするという目標を設定した経緯から確認させてください。

 この目標は、ホンダ独自の考えではなくて、世の中の標準なんです。欧州委員会が50年までに交通事故の死傷者をなくす「Vision Zero(ビジョンゼロ)」という考えを打ち出したのがきっかけ。ただ、ビジョンゼロの実現に向けて、具体的にどう取り組むかは示されていません。

 ホンダが死亡事故ゼロへの中間目標として設定した「30年までに全世界でホンダ車が関与する交通事故死者を半減」についても、世界保健機関(WHO)の指針に沿ったものです。大事なのは、目標達成に向けてシナリオを作って、ロジカルに組み上げていくことです。

例えばSUBARU(スバル)は、30年までに交通事故死者ゼロを掲げています。数値目標を他の自動車メーカーと比べると、やや見劣りするのですが……。

 4輪の新車に限ってしまえば、当社も「30年ゼロ」は達成できると考えています。他社が言っているのと同じです。

 でも、ホンダが交通事故死者ゼロの対象としている範囲は4輪の新車だけではありません。2輪車を含めた、世界を走るすべてのホンダ車(保有車両)の死亡事故を減らしていきます。ホンダ車が関わる交通事故死者の数は20年時点で約10万人で、その9割以上が新興国の2輪車ユーザーです。

 50年の目標として「ホンダの2輪・4輪が関与する交通事故死者ゼロ」と明文化しましたが、正直なところ本心ではないんです。本当は、道路環境を使う交通参加者すべてで死者をゼロにしたいと思っています。

極論ですが、4輪車をすべて自動運転にすれば事故を減らせるという考え方もあります(図1)。30年、あるいは50年の段階でも手動運転は残るとみていますか。

図1 ホンダの旗艦セダン「レジェンド」
図1 ホンダの旗艦セダン「レジェンド」
「LEGEND Hybrid EX・Honda SENSING Elite」というグレードに自動運転レベル3機能を搭載した。(写真:ホンダ)
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 ここは相当議論しました。有識者や未来学者などいろいろな人とも話をして多かった意見が、個をより大切にしていく時代が来るということでした。一律じゃないんです。30年、50年になっていくと今以上にもっと多様で、1人ひとりがそれぞれのやりたいことをやっているっていう時代になっていくんじゃないかっていうのが1つの読みなんですよね。

 だから、事故を減らす手段は1つではないのです。先ほど言ったように、ホンダはすべての交通参加者と向き合います。歩いている人も含めて助けてナンボですよ。安全技術は、必ずしも自動車のハードウエアだけとは限りません。社会システムそのものかもしれないですし、その時々のニーズに合わせて考えていく必要があります。新興国では特に、安全教育も重要になります。

 ここで大事にしているのが創業者(本田宗一郎氏)の思いです。その1つが積極安全。4輪車や2輪車に乗らないことが安全ではなく、移動の自由を楽しんでもらいたい。もう1つの思いは、すべての人を守りたいという概念です。これは必ずしもホンダユーザーだけではありません。創業者の思いに立ち返って、50年の交通事故死者ゼロに向けたシナリオを考えました。

自動運転に関しては「レベル3」の実用化で世界の先陣を切りましたが、その技術を搭載した「レジェンド」は21年で生産終了しました。事故削減には寄与しなかったのでしょうか。

 レベル3の開発で生み出した技術や蓄積したノウハウは、22年内に実用化する先進運転支援システム(ADAS)「Honda SENSING 360」(以下、HS360)に生かされています。レベル3で特に重要なところは信頼度を上げること。そのために構築した自動運転の(システムにおける安全性の考え方やその達成方法を定めた)安全論証はADASの進化にも役立っています。

 例えば、車線変更をアシストする機能は、自動運転レベル3の制御ロジックなどを活用しました。車線変更するタイミングは後方車両の速度や位置関係などの条件が複雑で難しい。レジェンドの技術のおかげで、HS360の精度や信頼度を高められました。

車線変更以外に、HS360の開発で注力した点は。

 センシングできる範囲を広げたのが大きな特徴です。現行のADAS「Honda SENSING」では前方監視用のセンサーは単眼カメラ1つだけです。広角カメラですが、交差点の横方向から進入してくる車両までは認識できません。そこで今回、車両の横方向を遠くまで見られるようにミリ波レーダーを追加しました(図2)。

図2 「Honda SENSING 360」を搭載した試作車(黒色の車両)
図2 「Honda SENSING 360」を搭載した試作車(黒色の車両)
交差点での出合い頭衝突の回避を模擬したデモンストレーションの様子。横から近づく白色の車両を検知した。(写真:ホンダ)
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 対応したかったのは、交差点での出合い頭衝突です。出合い頭の衝突は重大事故になりやすい。新システムへの移行が必要だったわけです。

新システムの開発担当者から、「横から近づく車両は約90km/hまで検知できる」と伺いました。他社のADASの多くは60km/hほどですが、90km/hまで対応させた理由は。

 対応速度は、世の中の標準よりもかなり高めにしました。性能は事故分析から決めました。事故分析をしっかりやると、横から近づく車両の速度域でどこまでカバーすれば事故をどの程度減らせるかを導き出せます。

 出合い頭衝突への対応は、(欧州の自動車アセスメントEuro NCAPをはじめとする)第三者評価でも重要な項目になりつつあります。ADASの機能としては、20年代半ばから後半にかけて主流になってくる予定です。自動車業界が出合い頭対応へと向かう中、ホンダは性能面で一歩先を行こうと考えました。