5G(第5世代移動通信システム)時代の標準必須特許ライセンス料を巡って、通信業界と自動車業界の対立が表面化している。フィンランドの通信機器大手Nokia(ノキア)が、つながるクルマ(コネクテッドカー)を製造するドイツDaimler(ダイムラー)に対し、特許を侵害しているとして訴えを起こしたからだ(図1)注1)。ダイムラーもノキアの訴えに反論し、訴訟合戦となっている。あらゆる産業インフラになると期待される5G時代の製造業にとって、ノキアとダイムラーの紛争は対岸の火事ではない。通信業界と他業界の対立が激しくなれば、デジタル化による産業発展の足かせとなるリスクをはらむ。
事の発端はノキアがドイツ地裁に訴えを起こした2019年3月にさかのぼる。ノキアは、ダイムラーが製造するつながるクルマがノキアの2G〜4Gの標準必須特許(SEP)を侵害しているとして、ダイムラーを訴えたからだ。ノキアは携帯電話の標準必須特許の主要なライセンスホルダーの1社だ。
ノキアの特許ライセンスビジネス部門であるNokia Technologies(ノキアテクノロジーズ)ディレクターのTeemu Soininen(テーム・ソイニネン)氏は日経クロステックの取材に対し「個別事案にはコメントできない」と前置きした上で、「通信の標準必須特許が自動車に使われるようになってきた。これを受けて当社は15年に自動車業界向けの特許ライセンスプログラムを立ち上げた。世界の自動車メーカーと協議を進めている」と語る。
対するダイムラーは19年3月末、欧州委員会にてノキアの訴えに対して苦情を申し立てた。ダイムラーは「ノキアは当社のサプライヤーへの特許ライセンス供与を拒否している。通信に不可欠な標準必須特許を持つ企業は公正かつ被差別的に特許ライセンスを提供すべきだ」とコメントする。
ダイムラーの反撃はさらに続く。同社の主要サプライヤーであるドイツContinental(コンチネンタル)の米国法人が19年5月、今度は逆にノキアやスウェーデンの通信機器大手Ericsson(エリクソン)など通信業界の主要プレーヤーが参加する特許プール「Avanci」が法外な特許ライセンス料を設定しているとして米国の地裁に訴えたのだ。
Avanciは16年にエリクソンと米Qualcomm(クアルコム)が中心となって設立された。主に自動車業界向けに、通信関連の標準必須特許をライセンスしている。ノキアは18年からAvanciに参加している。
Avanciの特許ライセンス料は、緊急通報(eCall)の特許を使う場合に自動車1台当たり3ドル、2G〜3Gの特許を利用する場合に同9ドル、2G〜4Gの特許を使う場合に同15ドルという値付けだ。
コンチネンタルは訴状の中で、「Avanciは自動車メーカー(OEM)に対して特許をライセンスするものの、部品メーカーへのライセンスを拒否している。ライセンス料も法外だ」と指摘する。コンチネンタルは、Avanciが求める2G〜4Gの特許ライセンス料15ドルに対し、2G〜4Gの通信チップは20ドル以下、通信ユニット(TCU)でも75ドル程度と指摘する。コンチネンタルがAvanciの特許ライセンス料を「法外な値付け」と主張するのは、通信ユニットの価格の20%を特許ライセンス料が占めることになるためだ。