全6958文字
PR

WLTP航続距離の目安は300km

 TCO重視のVWやグループPSAの新世代EVで、もう1つの特徴になっているのが、300km台前半に設定したWLTP航続距離である。VWのID.3 Pureは330km、グループPSAのe-208は340kmの設定である。

 この点に対して、「EVは高速走行時の電池消費が激しくなる。WLTP航続距離が300km以上あれば、アウトバーンを200kmくらいは走れる」と分析するのが、PwCコンサルティングでディレクターを務める轟木光氏である。EU(欧州連合)では、19年12月11日に発表した「欧州グリーンディール(European Green Deal)」政策により、急速充電ステーションなどの公共充電設備の設置を強力に推進する計画注3)。アウトバーンの途中に、急速充電ステーションを満遍なく整備できれば、EVは安心して使えるようになる。その場合の1つの目安が、WLTP航続距離で300km以上というのが轟木氏の見方だ。

注3)欧州グリーンディールは、50年までにEU域内の温暖化ガスの排出量をゼロにするという目標に向けた政策。EUはその一環として、20年1月14日に今後10年間で1兆ユーロ(1ユーロ=126円換算で126兆円)を投資する「欧州グリーンディール投資計画(The European Green Deal Investment Plan)」を発表している。その投資対象の1つが、急速充電ステーションなどの公共充電設備となっている。

 EUの充電設備は、19年12月時点で14万台とされる。欧州グリーンディール政策では、これを25年までに100万台に拡張し、25年までにEU域内で普及すると予測される1300万台のゼロ排出車(EV)/低排出車(プラグインハイブリッド車、PHEV)に対応する考えだ。19年12月時点のEUにおけるゼロ排出車/低排出車は97万5000台とされる。

 実は、欧州のガソリンスタンドの数は18年時点(一部の国は16年か17年の数値で合算)で約13万5000カ所であり、欧州では既に、ガソリンスタンドの数を超える充電ステーションが設置されている。ただ、EU在住歴のある轟木氏によると、充電ステーションは都市部に集中しており、ガソリンスタンドと違ってアウトバーンの途中に必ず設置されているわけではない。EUには、欧州グリーンディール政策によって、幅広い地域にバランス良く充電ステーションを整備することで、EVやPHEVの利便性を高め、EVやPHEVへの移行を加速させようという狙いがあるとみられる。

 WLTP航続距離を300km台前半に設定するもう1つの理由が、欧州ではBセグメントや小さめのCセグメント(アッパーBセグメント)のクルマは、基本的に通勤や街乗りに使われることだ。そうした用途では、WLTP航続距離が300km超あれば、「1週間に1回の充電で済む」(グループPSA)。米Bloomberg(ブルームバーグ)の調査サービス「ブルームバーグNEF」によれば、2019年の電池パックの価格は1kWh当たり156ドル(1ドル=107円換算で1万6692円)。日ごろの使用に十分に堪えられ、車両価格をリーズナブルに抑えられる航続距離は、現時点の電池パック価格を考えると、300km台前半に落ち着くということだろう。

 ちなみに、ID.3 Pureの電池容量は48kWh(「Electric Vehicle Database」の推定値)、車両価格は3万ユーロ未満(1ユーロ=126円換算で378万円)。e-208の電池容量は50kWh、車両価格は2万9682ユーロ(同374万円)。電池パック価格が前述の156ドル/kWh、1ユーロ=1.18ドルと仮定すると、両車の電池パックコストは順に6346ユーロ、6610ユーロで、車両価格のそれぞれ約21%、約22%を占める計算になる。

EVをけん引してきた日産の自負

 一方、これまでリーフで大衆向けEV市場をけん引してきた日産は、新世代EVのアリアにおいては、性能の高さや装備の充実ぶり、快適さを前面に押し出す。そこには、これからもEVの進化をリードしていこうという同社の自負のようなものが感じられる。

 実際、同社社長の内田氏は、アリアについて「日産車の魅力が全て詰まっている」と発言している。この言葉からも感じられるように、日産にとってのEVとはこういうものだと示す旗艦車種といった印象が強い。

 新開発の電動駆動4輪制御技術「e-4ORCE」を搭載する最上位グレードでは、停止から100km/hまでの加速時間が最短5.1秒と「(同社のスポーツ車)『フェアレディZ』に匹敵する」(内田氏)加速性能を実現する。

 より安心で快適な走りを提供する同社の先進技術「ニッサンインテリジェントモビリティ」についても、最新のものを装備。同社COO(最高執行責任者)のアシュアニ・グプタ氏は「ニッサンインテリジェントモビリティの頂点のモデル」と言い切る(図7)。

図7 日産COOのアシュアニ・グプタ氏とアリア
図7 日産COOのアシュアニ・グプタ氏とアリア
(出所:日産自動車)
[画像のクリックで拡大表示]

 HMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)やコネクテッドにも新技術を惜しみなく投入。EV専用に開発した新しいPF「CMF-EV」により、1クラス上の車室空間の広さと完全に平らなフロアを実現する。詳細はPart3で紹介する

 アリアに込めた同社の思いは、車両価格からもうかがえる。アリアの開発責任者を務めた中嶋光氏によれば、日本仕様の車両価格は「約500万円から」。日本のWLTCモードで航続距離がアリア(日本仕様、2WD、65kWh)の450kmに近い「リーフe+」(日本仕様、同458km、車両価格441万1000円から)と比べて、50万円強高い注4)。車両のタイプがSUVと、リーフe+のハッチバック車とは違うことに加えて、「リーフe+は(同じCセグメントでも小さめの)アッパーBセグメントだが、アリアは(それより少し車格が上の)Cセグメント」であることを考慮した値付けという。

注4)欧州仕様のWLTP航続距離は、最廉価の「アリア63kWh」が360km、リーフe+が385km。ドイツにおける車両価格(日本時間20年8月14日時点)は順に4万5000ユーロ(Electric Vehicle Database推定値)、3万7237ユーロ。

 VWやグループPSAと違い、これまでの値付けを踏襲する日産―。そこには、アリアにはそれだけの価値があるという同社の自信がうかがえる。ただ、VWやグループPSAなどがつくり出すEVの車両価格の新基準は、いずれEVの値下げ圧力として日産の戦略に影響を及ぼす可能性もある。