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シミュレーション技術を駆使し、クルマを効率的に開発するモデルベース開発(MBD)。その普及、促進を目指すMBD推進センター(JAMBE)が2021年7月、国内の自動車メーカー、部品メーカー10社によって発足した。ステアリングコミッティ委員長を務めるマツダの人見光夫氏は、「MBDによって、バラバラだった日本の中小企業群を1つにまとめる」と意気込む。

 「かつてマツダは財務的に厳しく、人員も少なかったため、実機を試作して開発する余裕がなかった。このため、モノを造る前にデジタル上でしっかり検証するMBDを使わざるを得なかった」。マツダで「SKYACTIV(スカイアクティブ)」エンジン群の開発を指揮した同氏は、逆境の中で目を付けたMBDを徹底的に磨き、プロジェクトを成功につなげた。同氏はそのノウハウをMBD推進センターを通じて日本全体に広げることに挑む(図1注1)

図1 MBDの普及を目指す日本連合を設立
図1 MBDの普及を目指す日本連合を設立
21年7月に設立したMBD推進センター(JAMBE)は、運営会員として国内の自動車メーカー、部品メーカー10社が参画する。写真は同年9月に記者発表した時の様子。下段左から2番めがステアリングコミッティ委員長を務めるマツダシニアイノベーションフェローの人見光夫氏。(出所:MBD推進センター)
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注1)MBD推進センターは、SUBARU(スバル)、トヨタ自動車、日産自動車、ホンダ、マツダの自動車メーカー5社と、アイシン、ジヤトコ、デンソー、パナソニック、三菱電機の部品メーカー5社が立ち上げた。日本自動車研究所(JARI)が事務局を務める。15年度から始まった経済産業省の研究会「自動車産業におけるモデル利用のあり方に関する研究会(通称MBD研究会)」を前身とし、21年度から民間ベースの同センターに移行した。

 なぜ今、自動車業界にMBDが必要なのか。理由はカーボンニュートラル(炭素中立)やCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)を背景に、クルマの開発負担がかつてないほどに増大しているからだ。「どの自動車メーカーも、やるべきことがものすごく増えている。MBDによる効率化が急務だ」(同氏)と話す。新型コロナウイルス感染症のまん延により、リアルな実機環境ではなく、デジタル環境で開発できるMBDがあらためて評価されている面もある。

 MBDは、車両を構成するさまざまな部品を実機ではなく、シミュレーションモデルの形で表し、それらをコンピューター上でつないでシステムとしての挙動を検証する手法だ。実機の試作に費やすコストや人員、時間を削減できるほか、部品(モデル)の組み合わせを大胆に変えて、さまざまな技術を試せるなど、多くの利点がある(図2)。開発した制御ロジックのモデルから、ECU(電子制御ユニット)に組み込む車載ソフトを自動的に生成することもできる。

図2 MBDの利点は多岐にわたる
図2 MBDの利点は多岐にわたる
MBDによって連鎖反応のように多くの利点が生まれる。マツダは連鎖反応の最初の引き金となるMBDを、ボウリングに例えて「1番ピン」と呼び、重視してきた。(出所:マツダ、MBD推進センター)
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 課題はMBDそのものが十分に普及しているとは言い難いことだ。特に中小規模の部品メーカーへの普及はこれからといえる。MBDの良さを生かすためには、システムに必要なすべての部品をモデルとして準備する必要がある。マツダはスカイアクティブエンジンを開発した際、地場の部品メーカーに対し、MBDの基礎的なところから時間をかけて教育、指導してきた。そのような地道な取り組みが自動車業界全体で必要になる。

 MBDでは、モデル同士をつないで動作させることも難しく、モデルが流通しにくいという課題もある。熱性能や運動性能、振動、燃費、電費など、検証の目的によってモデルの形態はさまざまであり、その作り方もバラバラだからだ。自動車メーカーと部品メーカーのように異なる企業間でモデルをつなぐのはもちろん、「同じ企業内でも部署が違えば、つながらないことが多い」(同氏)という。モデルのつなぎ方や、モデルをどこまで詳細に作り込むかという「粒度」の決め方など、さまざまなノウハウが必要になる注2)

注2)モデルがつながりにくい要因としては、使用しているツールが異なることや、モデルの機密性を保持する仕組みが不十分なことも挙げられる。ただ、これらはツールによって解決可能な面もある。例えば、米MathWorks(マスワークス)の「MATLAB/Simulink」では、他社のツールで作成したモデルとの連携を以前から実現しており、その対応範囲を年々拡大している。モデルを保護する仕組みも、「R2013b」と呼ぶバージョンから提供している。また、東芝デジタルソリューションズでは、モデルそのものは各社が持ったまま、必要な入出力のみをクラウド経由で通信・連携させる「VenetDCP」と呼ぶツールを提供している。