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建設技能者の就労者数は下げ止まりの傾向にあるのに、大工だけ減り続けている。理由は、他の職種に比べて大工の待遇改善が遅れているから――。そう警鐘を鳴らす芝浦工業大学の蟹沢宏剛教授に、大工の待遇改善への道筋を聞いた。(聞き手は小谷 宏志)

●蟹沢 宏剛(かにさわ ひろたけ)
●蟹沢 宏剛(かにさわ ひろたけ)
芝浦工業大学建築学部教授。専門は建築生産・建築構法。1965年生まれ。95年千葉大学大学院博士課程を修了。住宅建築の生産性向上や、建設技能者の教育システムに関する論文を多数執筆。国土交通省の「専門工事企業の施工能力の見える化等に関する検討会」の座長、「建設産業人材確保・育成推進協議会」の顧問などを務める(写真:日経ホームビルダー)

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済活動の停滞は、建設技能者にどんな影響を与えたでしょうか。

蟹沢 私が注目しているのは、建設業界でこれまで必要悪とされてきた「一人親方」の矛盾点が、ここに来て一気に噴出したことです。

 現在、国や自治体はコロナ禍で苦しむ事業者に様々な形で経済支援をしていますが、その恩恵に預かることができない一人親方がたくさんいます。表向きは個人事業主であっても、実際には事業者登録をしていない人や確定申告を怠っている人、消費税を納めていない人が少なからずいる。そうした人たちは、今回の事業者給付金の対象からこぼれ落ちてしまっています。

 彼らが受け取ることができるのは一律10万円の特別定額給付金だけ。これでは、とても仕事の減少分をカバーできません。現在、国内では少なくとも約60万人の一人親方が存在するとみられます〔図1〕。コロナ禍で彼らの生活は困窮しているはずですが、十分な資金援助を受けられない。これまでの矛盾が表面化した形です。

〔図1〕増え続ける一人親方
〔図1〕増え続ける一人親方
労災保険の特別加入者数の推移。特別加入者の大半は、いわゆる一人親方と見られる。厚生労働省の最新調査で約60万人が、全国建設労働組合総連合(全建総連)の調査では約20万人が加入している(資料:厚生労働省と全国建設労働組合総連合の資料を基に蟹沢 宏剛が作成)
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蟹沢さんは一貫して「職人も社会保険に加入すべき」と主張されていますね。同時に工務店の経営者に対して、職人を社員大工として雇用すべきと力説されてきました。

蟹沢 これからの工務店は、一人親方に頼るのではなく、若い大工を社員として採用・育成し、社会保険に加入させて安心して働ける環境を提供すべきです。

 実は、建築(野丁場)や土木の分野では、職人の社会保険への加入率が急速に高まっています。同時に請け負いから雇用への流れも加速しています。ところが、住宅(町場)の世界では、大工の社会保険への加入率がなかなか上がりません。

なぜ、大工の社会保険加入が進まないのでしょう。

蟹沢 これは国の政策と関係していると思います。

 国土交通省が直轄する公共工事では、2017年度から原則として社会保険に未加入の会社は、下請けの専門工事会社も含めて現場に入場できなくなりました。これは元請けにとって死活問題です。ですから、元請けと下請けが協力し、職人の社会保険加入を一気に進めたのです。同時に請け負いから雇用への流れが加速しました。

 ところが、戸建て住宅は公共工事と関係がないので、この動きから取り残された感があります。大工の世界では、まだ一人親方の存在が幅を利かせ、社会保険の導入がなかなか進みません。

 こうした取り組みの差が、職人の減少率の違いとなって現れています。国勢調査によると2010年から15年の間に建設技能者は全体で4万7770人減少しましたが、この間に大工は5万340人も減りました。大工の減少幅が職人全体の減少幅を上回っているのです。まさに一人負けの状態です。

 私の試算では、今後、建設技能者全体の減少率はかなり緩やかになり、数十年後には底を打ちそうですが、大工は全く先が見えません〔図23〕。このペースで減り続けると、15年当時との比較で35年に半分になり、45年に3分の1まで落ち込みます。

〔図2〕減少率が大きい大工と型枠工
〔図2〕減少率が大きい大工と型枠工
大工と型枠工の合計数の推移。2020年以降の数値は、蟹沢教授がコーホート分析と呼ばれる統計手法を用いて予測した(図3も同)。今後も職人数の減少に歯止めがかからず、底割れの様相を呈している(資料:蟹沢 宏剛が作成)
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〔図3〕建設技能者全体の減少率は緩やかに
〔図3〕建設技能者全体の減少率は緩やかに
建設技能者全体の人数の推移(大工や型枠工も含む)。図2の大工と型枠工と比べると減少のペースが緩やかで下げ止まりの傾向にある。これは、建築(野丁場)と土木に関連する職人の待遇改善が進んだ結果と見られる(資料:蟹沢 宏剛が作成)
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しかし、日本の若年人口が減っているなか、若い大工を確保するのは至難の業です。やはり外国人労働者に頼るしかないでしょうか。

蟹沢 いや、それも難しくなっています。私はここ3年で中国、ベトナム、マレーシアの建設現場を視察していますが、これらの国々では国内や近隣諸国に旺盛な建設需要を抱えています。加えて、日本で得られる賃金との格差も縮小傾向にあります。わざわざ日本まで行くメリットが薄れているのです。

 既に来日している外国人実習生でさえ、日本に魅力を感じなくなっています。私の研究室が外国人実習生を対象に調べたところ、渡航前は76%の実習生が2年間の在日延長を望んでいましたが、渡航後は46%に減っています。来日しても、さほどメリットを感じないのでしょう。

 こうなると、外国人労働者に頼れなくなるのはもはや時間の問題です。やはり、自前の大工を育てるしかありません。

しかし、社会保険の加入や社員大工の採用だけで若手の入職が進むとは思えません。大工の賃金をもっと底上げしないと、若者は将来の生活設計を描けないと思います。

蟹沢 その通りです。1人ひとりの職人の能力が適正に評価され、それに見合った賃金が得られるようにしなくてはなりません。そうした目的から、国が19年3月に施行したのが「建設キャリアアップシステム(以下、CCUS)」です(平成31年国土交通省告示460号)。

 これは、大工や鉄筋工、型枠工など合計35の職種において、技能者の能力を「初級技能者」「中堅技能者」「職長」「基幹技能者」の4つのレベルに分け、経験や技能に見合った賃金を得ることを目的とした制度です。CCUSに登録した技能者は、レベルに応じたIDカードを所持し、カードに保有資格や現場就業記録を蓄積します〔図4〕。

〔図4〕国交省はCCUSで「本物の職人」と「自称職人」を選別
〔図4〕国交省はCCUSで「本物の職人」と「自称職人」を選別
国土交通省が推進する建設キャリアアップシステム(CCUS)の概念図。職人の能力を適正に評価し、それを賃金に反映するのが狙い。大工や鉄筋工、型枠工など35の職種を4つのレベルに分類。CCUSに登録した技能者は、レベルに応じたIDカードを所持し、保有資格や現場就業記録などをカードに蓄積する。国交省は2023年度に民間工事も含めてCCUSを全面展開する方針(資料:国土交通省)
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 この国交省告示460号には、重要な文言が含まれています。「この告示において建設技能者とは建設キャリアアップシステムに登録された者をいう」と明確に定義しているのです。

 つまり、これまで自称で「大工」や「鉄筋工」を名乗る人はたくさんいましたが、CCUSが普及すれば自称は通用しない。職種と能力が明確に定義される以上、「本物の職人」と「自称職人」がはっきり選別されることになります。

それはCCUS制度の普及を前提にした話です。国交省は初年度に100万人の登録を目指しましたが、現実には初年度は約28万人の登録に留まりました。

蟹沢 初年度としては、まずまずの数字だと思いますよ。

 私が注目しているのは、公共工事の入札段階でCCUS制度を活用する自治体が増えていることです。例えば、福岡県はCCUSに登録した企業に入札参加資格審査で加点することを決めました。同様の動きは山梨や静岡、福島、長野などにも広がっています。

 つまり、職人をCCUSに登録していない企業は、公共工事の入札段階でふるいにかけられるかもしれない。そうなると、社会保険の加入拡大と同じように、公共工事の受注企業の間でCCUSの登録が一気に広がる可能性があります。

それでも、住宅などの民間事業でもCCUSの登録が広がるとは思えません。

蟹沢 確かにそこが問題です。国は23年度には民間工事も含めてCCUSを全面展開する方針ですが、公共工事ほどのインセンティブがないだけに、住宅分野での普及にはもっと時間がかかるかもしれません。

 しかし、大工の待遇改善を怠ると公共工事の建設技能者との差がますます広がるでしょう。CCUSは、職人の能力開発だけでなく、社会保険の加入や退職金の整備と一体的に進める制度です。既に述べた通り、大工は社会保険の加入で他の職種に遅れを取りました。そのうえ、CCUSの波にも乗り遅れると、もう挽回できないほどの差が付くかもしれません。

 民間工事でも、CCUSを活かす手はいくらでもあると思います。例えば、マンションや戸建て住宅を建設する際、CCUSに登録している職人の数を職種別、ランク別に明示すれば、事業主や建て主の信頼感や安心感が高まるはずです。同じ立地、床面積の住宅だったら、坪単価が少し高くても優秀な職人を抱える工務店が選ばれるようになる。そうした姿が、この制度の目指すところだと思います。