2018年7月に発生した西日本豪雨では、住宅の1階で溺死した人が相次いだ。なぜ2階に避難できなかったのか──。水理学の専門家が再現した住宅実験で、その理由が明らかになった。
住宅実務者が水害から住まい手を守るには、2つのアプローチが必要だ。1つは水害に強い家造りを進めること。もう1つは住む場所や避難方法などに関して、住まい手に適切な助言をすることだ。前者はハード面、後者はソフト面からのアプローチだ。水害被害を減らすには、両面作戦で進める必要がある。
2階への避難を家具が阻む
場所選びや避難方法などソフト面の対策を講じるうえで、押さえておきたいのが洪水被害の実態だ。
一般的なイメージでは、洪水被害の犠牲者は土砂や濁流に飲み込まれて流されたと想像しがちだが、現実は必ずしもそうではない。洪水被害に詳しい東京理科大学の二瓶泰雄教授は「自宅の室内で溺れて亡くなる人が多い」と指摘する(詳細は「2階に居れば救えた命がある」のインタビューを参照)。
それを端的に示すデータがある。2018年7月の西日本豪雨で甚大な被害を受けた岡山県倉敷市真備地区には、東京ドーム20杯分もの水量が押し寄せ、地区面積の約4分の1が水没した〔写真1、図1〕。約2300人の住民が孤立する事態に陥り、51人が亡くなった。その8割以上が自宅の1階で溺死したとみられ、9割近くが65歳以上の高齢者だった〔図2、3〕。
写真1の被災時の様子を見ると、多くは1階の軒先まで浸水しているが、2階部分は漬かっていない家屋もある。2階に居れば助かった可能性もあるのに、なぜ1階で溺死した人が多かったのか。
真備地区を流れる小田川の堤防が決壊したのは18年7月7日未明で、住民の就寝後に洪水が襲った。しかも、多くの生存者が「床上浸水の水位が分刻みで上昇した」と証言するほど水の回りが早かった。この時、室内はどのような状況に置かれていたのか。東京理科大学の二瓶教授は、それを実験で確かめた〔写真2〕。被災住宅の1階の間取りを再現し、洪水発生時の水深などを基に室内の状況を観察した。
実験開始後わずか1分30秒で水深が6cmに達して畳が浮上。開始後20分でたんすなど大きな家具が転倒して足の踏み場もない状態に陥った。この状況下では、家具が住まい手の行く手を阻み、身動きがとれない。これが、1階で多数の溺死者を出した原因の1つとみられる。こうした情報は、住宅実務者からも積極的に顧客にフィードバックすべきだろう。