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アスベスト問題は今後、既存建物の所有者への責任追及が避けられない。建物の設備管理業務の従事者が呼吸器疾患を発症、死亡した事件で、裁判所が建物所有者や被害者の雇用主の責任を認める判決を下した。(日経アーキテクチュア)

アスベストによる健康被害を巡る責任追及が、ついに既存建築物の所有者などへ波及した。完成から30年以上にわたってアスベスト含有吹き付け材の耐火被覆を放置していた公共建築物で、現場管理責任者を務めていた人物が肺がんなどで死亡。遺族が建物所有者の自治体、被害者を雇用していた管理会社を訴えたのだ
アスベストによる健康被害を巡る責任追及が、ついに既存建築物の所有者などへ波及した。完成から30年以上にわたってアスベスト含有吹き付け材の耐火被覆を放置していた公共建築物で、現場管理責任者を務めていた人物が肺がんなどで死亡。遺族が建物所有者の自治体、被害者を雇用していた管理会社を訴えたのだ

 アスベスト(石綿)はかつて、鉄骨造の耐火被覆として一般的な建材だったが、人体への健康被害が社会問題化し、現在ではアスベスト含有建材の製造・使用が全面的に禁止されているところだ。

 健康被害を巡ってはこれまで、アスベスト含有建材を製造していた工場の労働者やその遺族が国を訴えた裁判で、国家賠償が認められた例がある(最高裁判所2014年10月9日判決)。建築工事の作業者やその遺族が国や建材メーカーを訴えた裁判でも、同様に責任が認められてきた。今回取り上げる判決は、こうした裁判例から踏み込み、アスベスト含有建材が使われた既存建物の所有者などの責任を認定したものだ。

 概要を説明しよう。裁判の原告はアスベスト被害に遭った労働者の遺族3人。被害者は1990年から北九州市立総合体育館の設備管理業務に従事していたが、肺がんを発症して2005年に退職。13年、細菌性肺炎に起因する急性呼吸窮迫症候群(ARDS)により78歳で死亡した。

 被告は体育館の所有者である北九州市と、被害者を雇用していた管理会社だ。原告側は、北九州市には国家賠償法1条1項(公務員の故意・過失)、同2条1項(公の営造物の設置または管理の瑕疵(かし))に基づく責任があり、管理会社には安全配慮義務違反などに基づく不法行為責任があると主張。合計約3500万円の損害賠償を求めて、15年に福岡地方裁判所へ提訴した〔図1〕。

〔図1〕退職後にアスベストによる健康被害が判明
〔図1〕退職後にアスベストによる健康被害が判明
事件の概要。被害者は肺がんを患って退職したが、後に「石綿肺」にかかっていたことが判明。遺族は慰謝料などを求めて、建物所有者の北九州市と被害者の勤務先だった管理会社を訴えた(資料:判決文を基に日経アーキテクチュアが作成)
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劣化した被覆が剥落していた

 被告側は全面的に争ったが、福岡地裁は20年9月16日、北九州市と管理会社に連帯して約2600万円を支払うよう命じる判決を下した。被告側は福岡高等裁判所へ控訴した。

 判決の事実認定によると、問題の体育館では当時、機械室などに吹き付けアスベストまたはアスベスト含有吹き付けロックウールが耐火被覆として用いられていた。吹き付け材は劣化して剥落し、粉状となって床に落ちている状況だった。

 被害者は現場管理責任者としてこの体育館で従事していた。福岡地裁はまず被害者について、「石綿粉じんが相当程度飛散する場所で、粉じん暴露の危険がある作業に従事していた」と認定。

 また死因について、裁判所はエックス線所見などから、被害者がじん肺法上の「第1型石綿肺」に罹患(りかん)していたと認定。加えて医学的知見に基づき、被害者は肺がん発症リスクが2倍に達する環境下で従事していたなどと推認し、アスベスト粉じん暴露と肺がん発病、さらに死亡原因との因果関係を認めた。