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中止掲げた新市長が当選

 裁判の概要から見ていこう。

 発端は2016年3月に徳島市で行われた市長選挙だ。再開発事業の白紙撤回を公約に掲げた候補が、推進派の現職を破って当選した〔図1〕。

2012年 徳島市が新町西地区第一種市街地再開発事業を都市計画決定
2014年 徳島市が再開発事業について、再開発組合の設立を認可
2016年 3月 徳島市長選挙で、再開発事業の中止を公約に掲げた遠藤彰良氏が現職を破って当選。事業中止を表明する
2016年 4月 再開発組合が徳島市に対し権利変換計画の認可申請を実施
2016年 6月 徳島市は再開発事業の中核施設となる音楽ホールの購入意思を撤回、再開発事業の実現が見込めないのを理由に権利変換計画を不認可とする行政処分を実施
2016年 8月 再開発組合が徳島市を提訴
2017年 9月20日 1審判決。再開発組合側が敗訴した
2018年 4月20日 2審判決。裁判所は1審判断を維持した
2019年 2月 8日 最高裁判所が再開発組合の上告を不受理とする決定を下す。再開発組合が敗訴した判決が確定した
〔図1〕中核施設の購入意思を撤回、権利変換も不認可とした
裁判の経緯。再開発組合は徳島市と事前協議を進めてきたが、事業中止を公約とする新市長の当選で「ちゃぶ台返し」を受けてしまった(資料:判決文を基に日経アーキテクチュアが作成)

 問題の再開発計画は、徳島駅から500mほど南西にある1.8ヘクタールの区画を対象とした「新町西地区第一種市街地再開発事業」だ。

 計画は市営の音楽ホールを施設の中心に配置し、商業施設、住宅、川の駅を兼ねた複合施設を整備するもので、災害時は避難施設にもなる予定だった。複合施設の延べ面積は2万m2、総予算は約225億円だった。事業費の70%は市による音楽ホール購入費で工面する計画だった。選挙に敗れた市長は12年に都市計画を決定、14年に再開発組合の設立を認可していた。

 新市長は就任直後の16年4月、公約通りに計画撤回を表明する。まず、権利変換の柱となっていた市のホールの買い取りを拒否。さらに権利変換計画を不認可とする行政処分を下した。

 市と協議を重ねてこの事業を進めてきた再開発組合は、選挙によって一方的に振り出しに戻された形だ。組合側は、権利変換計画の認可処分も羈束裁量なので市長に不認可とする裁量はない、仮に市長に裁量があったとしても組合員が致命的な損害を受けるので、権限の逸脱濫用(らんよう)に当たると主張。行政処分の取り消しを求め、市を相手取って16年8月、徳島地方裁判所へ提訴した。

 市は全面的に争い、1審の徳島地裁は17年9月20日、再開発組合の請求を棄却する判決を下した。再開発組合は控訴したが、2審の高松高裁も1審を支持した(18年4月20日判決)。さらに19年2月8日、最高裁判所は再開発組合からの上告を不受理とする決定を下す。これにより組合側の敗訴が確定した。

 権利変換計画の認可の是非に司法判断が下されたのは、筆者の知る限りこれが初めてだ。