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争点は2つの論点に集約

 この裁判で争点となったのは、設計業務でよくトラブルとなる予算超過の問題と、業務遅延の問題だ。過去の裁判例で、この2点がどう判断されてきたかを説明しよう。

 まず予算超過の問題だ。一例には、総工費2500万円という条件で始まった住宅設計において、設計者が建て主の要求を反映したところ予算超過に陥り、建て主が設計者を訴えた事案がある(東京地裁1998年3月19日判決)。

 この判決は、設計者について「できる限り予算額の範囲に収まるよう努力したことがうかがわれ」「予算を無視して設計したなど被告らに債務不履行というべき事実は認められない」と認定。建て主の請求を棄却した。

 つまり超過額がわずかだった場合や、超過に至った原因が設計者にあると評価できない場合、予算超過の事実のみをもって債務不履行とするのは妥当でない、ということになる。

 では予算超過がどのレベルに達したら債務不履行だとされるのか。この点は様々な要因を総合的に考慮し、個別具体的に判断される。

 例えば建て主が予算額の上限を「絶対条件」だと申し入れ、設計者も了承していたという条件下での争いで、「予算枠から著しく乖離(かいり)した設計になった場合、設計者は予算枠の合意を順守すべく設計変更などを行う必要があり、これがなされなかったので設計に瑕疵(かし)がある」と判断された例がある(東京地裁2005年12月19日判決)。つまり予算上限額が重視される状況だった場合、債務不履行が認められることは十分あり得る、と言うことができる。

業務遅延を巡る裁判例は

 業務遅延の問題では、期日までに実施設計が完了していなかったとしても、「技術的な理由、法令による規制などの制約があるとき、建て主の予算を上回る過大な希望・要求があるとき、度重なる設計変更があるときなどについては、建築士事務所の責めに帰すべき事由により当該設計業務が未了となったものということはできない」として債務不履行には該当しないと判示した例がある(東京地裁11年7月13日判決)。

 この観点でも、「期日」が契約においてどれだけ重視されていたかが重要な判断要素だ。単に期日を超えたという点のみで債務不履行は判断できない。設計者側が期日の順守についていかに努力したか、という点も加味される。

 今回取り上げた裁判で、広島地裁尾道支部は、市側が総事業費を特に重視していたと認定。一方、設計者は工事範囲を想定より拡大したり、高額な天然石を床材に採用したりするため、予算増額を要求していたなどとして、判決は予算超過について設計者に帰責事由(責めに帰すべき事由)があった、と断じた。

 また業務遅延の問題では、設計者側が天然石案にこだわり続け、契約履行期限の10日前にようやく撤回するに至った、と事実認定した。この時点で実施設計を期日通りに完了するのは不可能となっており、この論点でも設計者に帰責事由ありとした。

 以上の2点から、判決は設計者側の債務不履行を認め、市側の契約解除を是認した。過去の裁判例を振り返れば、従来の考え方を踏襲した判断だと言えるのではないか〔図2〕。

〔図2〕「設計者は合意なく実施設計を進めていた」と裁判所
〔図2〕「設計者は合意なく実施設計を進めていた」と裁判所
(資料:判決文を基に日経アーキテクチュアが作成)
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 紛争防止の観点から言えば、両当事者は予算と納期の変更ルールについて、あらかじめ契約で合意しておくべきだったのではないだろうか。