設計・監理担当者が注意義務違反を犯しやすい環境をつくった──。「コストコ多摩境店」のスロープ崩落事故を巡る民事1審判決は、発注者責任にも言及している。前回に引き続き、同判決を解説する。(日経アーキテクチュア)
東日本大震災で駐車場スロープが崩落、利用者2人が死亡した「コストコ多摩境店」(東京都町田市)。被害者遺族やコストコ日本法人へ保険金を支払った欧米の保険会社2社が東京地方裁判所へ提訴、民事訴訟で新築時の責任が争われた。東京地裁は2019年6月7日、新築時の設計に関わった設計事務所3社に計約7億円の高額賠償を命じる判決を下した(控訴中)。
今回、注目するのは発注者責任だ。1審原告の保険会社2社は被保険者であるコストコに関連した損害または求償権を肩代わりする立場であり、発注者側の指示に問題があれば過失相殺を受ける可能性がある。
意匠設計事務所は裁判で、次のような反論を主張していた。
「設計の統括責任者として信頼できる構造設計者を選定し、時間をかけて安全な建物の設計を進めていたにもかかわらず、発注者側が無断で構造設計者を一方的に変更して、設計の根本を覆した」「超巨大企業であるコストコが、零細建築設計事務所に対し、圧倒的な力の差の上に立って一方的に設計変更を強行した」
今回の判決はこの点について、「コストコは本件事故に至る発端をつくり、また、設計・監理担当者が注意義務違反を犯しやすい環境をつくった点において、責任は重大であると言わざるを得ない」と言及。事故の責任は「一義的には構造設計事務所や意匠設計者が負うもの」だが、発注者について「4割の過失相殺をするのが相当である」としている。
原告側の請求額計約12億5000万円のうち、4割は発注者側に原因があるという判断だ。
発注者主導のVEだった
事故の経緯を改めて見ていこう。
問題の建物は鉄骨造で、屋上駐車場を含めて4層から成る。地上と駐車場を結ぶスロープは建物本体に接する独立構造だった。地震の揺れで本体部分とスロープ部分の接合部が破断し、スロープが崩落した。
前回解説したように、判決は調停委員の意見書に基づき、2つの構造形式の違いが事故を招いた、と見立てている。この違いはVE(バリューエンジニアリング)提案を経た設計変更によって生じたものだ。
意匠設計事務所が01年12月に確認申請を実施した当初案では、本体部分とスロープ部分の構造はともにブレース付きラーメン構造(ブレース構造)となっていた。
だが確認申請後、コストコ日本法人の当時の倉庫店開発部長が横やりを入れた。開発部長は一級建築士と一級建築施工管理技士の資格を持ち、コストコが「幕張倉庫店」を開発した際、建設会社の技術営業として関与、01年2月ごろにコストコ日本法人に転職した人物だった。
開発部長は旧知の構造設計事務所Bに連絡を入れ、構造からブレースを外した「純ラーメン構造」に変更するVE案をまとめるように指示した。これはコスト削減のためだった。
意匠設計事務所は裁判において、こう説明している。開発部長からは、構造設計事務所Bの代表は「実績と経験が豊かな設計家」だと紹介された。その指示に従うよう要請され、当初の設計陣は「Bの作業を包括的に検証した上で助言するようなことは考えられなかった」。このプロジェクトは最初の確認申請までに7カ月間を要していたが、設計変更は1カ月以内で行うよう求められた。
Bの指示に沿って構造図は描き直され、意匠設計事務所は計画変更の確認申請を計3回実施した。設計変更を理由として、工事代金は4000万円値引きされた〔図1〕。