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いまだ収束の兆しが見えないコロナ禍。国内景気は悪化しており、建築物着工床面積(建築需要)は2019年9月から13カ月連続で減少が続いている。20年4月~9月は前年同期比で約12.7%減だった。(日経アーキテクチュア)

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 収束時期がなお不透明であるため、設備投資を先送りする発注者も見られる。しかし今のところ、大手建設会社には余裕がある。手持ち工事が潤沢だからだ。2020年5月末時点で建設会社大手50社の手持ち工事高の合計額は前年同月末比1.8%減の17兆4405億円と高水準だった。

 ただし、小規模・短工期案件が多い中堅以下の建設会社では手持ち工事が次第に目減りしており、経営環境は厳しくなってきている。手持ち工事に余裕がある大手も、目先の売り上げを確保するために、小型工事に手を出し始めている。

 コロナ禍の影響で落ち込んだ建築需要が19年の水準に戻るには、どれくらいの期間を要するか。建設市場への影響が景気の動向に1歩遅れて出てくることを考えると、収束時期を21年半ばと仮定しても、需要回復にはさらに期間を要するだろう。

 筆者の試算だと、建築需要は20年に前年比12%減の1億1225万m2、21年に同8%減の1億330万m2、22年に同5%増の1億850万m2になると見込んでいる〔図1〕。建築需要が19年の水準近くまで回復するには、今後、少なくとも3~4年を要するのではないだろうか。

〔図1〕建設業の技能労働者数と建築物着工床面積の推移
〔図1〕建設業の技能労働者数と建築物着工床面積の推移
国土交通省の建築着工統計、総務省の労働力調査を基にサトウファシリティーズコンサルタンツが予測した(資料:サトウファシリティーズコンサルタンツ)
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工事中断で休業した職人

 筆者が懸念しているのは、コロナ禍が建設現場で働く技能者(職人)と建設業界に与える悪影響だ。

 20年4月以降、政府の緊急事態宣言下で工事の中断が相次ぎ、技能者の仕事に影響が出た。総務省の労働力調査によると、4月から7月にかけて月平均15万人が休業した(3月の就業者数を基準に計算)。8月以降は以前の水準に戻ってきている。

 これは一過性の出来事だったが、上述のように建築需要の低迷が3~4年間続いた場合、建設業界に深刻な影響が出てくる恐れがある。需要の減少に伴う技能者の大量離職と、その後の需要回復期に生じる深刻な人手不足だ。建設業界は08年のリーマン・ショック後、まさにこうした苦い経験をし、今なお人手不足の問題は尾を引いている。

 リーマン・ショック時には、翌09年に建築需要が3割近くも急減し、人手過剰の状態に陥った。その結果、08年時点で365万人いた技能者のうち約29万人が、10年までの2年間に現場から去ってしまった。

需要減による供給力の低下

 データを見ると、技能者は建築需要の減少がある一定量を超えた時点で急激に減り始めている。仕事量に対して人手が余剰となり、技能者が減り始める臨界点は、技能者1人当たりの工事量(着工床面積を技能者数で除した値)が年間33m2台となった09年であった。

 ここで、21年半ばにコロナ禍が収束することを前提に、今後の技能者数の動きを予想してみよう。人の動きは、建築需要の後を追うように推移する。20年は手持ち工事が相当量残っていることを考慮して、前年比3万人減の328万人と予想した。

 それが21年には9万人減の319万人となり、1人当たり工事量は32.4m2に。先ほど述べた臨界点を下回ってしまう。その場合、リーマン・ショック以来12年ぶりに、多くの離職者が出る事態も考えられる。

 技能者の離職理由として考えられるのが、景気後退の長期化によって仕事量の減少傾向が続くことや、建築プライスの下落に伴って建設会社からの賃下げ圧力が強まることがあるが、60~64歳の高齢の技能者が引退期に近づいてきていることも、離職の増加を後押ししそうだ。

 一度離職した技能者はなかなか戻ってこない。需要が回復する25年ごろには、技能者1人当たりの年間工事量が40m2に近づき、深刻な人手不足に陥るシナリオもあり得る。バブル崩壊以降、「需要減が引き起こす供給減」という負のスパイラルで市場が縮小してきたが、コロナ禍で再びその流れが加速する恐れがある。

佐藤 隆良(さとう たかよし)
佐藤 隆良(さとう たかよし) 1946年生まれ。69年法政大学工学部建築学科卒業。93年にサトウファシリティーズコンサルタンツ(SFC)を設立。建築のコストマネジメントを専門とする。これまでに中部国際空港、プラダジャパン、ニコラス・G・ハイエックセンターなどのプロジェクトに参画した