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三井不動産が開発し、直営する最高級ホテルが2020年11月、京都の三井家ゆかりの地に開業した。設計者は歴史を丁寧にひもとき、伝統意匠を援用しながら、日本発の5つ星ホテルをつくり上げた。

ラウンジのテラスから「水桟敷」越しに庭園を見る。中央の少し出っ張る部分には、シンボルツリーとしてヤエベニシダレザクラを植えている。灯籠の手前は筧(かけい)。石に水を落とし、その音を庭に響かせる。正面の建物の向こう側が二条城。左手はスペシャリティレストラン、その奥に「四季の間」がある。1階正面から右手にかけてはオールデイダイニングとバー・ラウンジが続き、庭園を囲む配置だ。右手のコリドーは千本鳥居をイメージしたデザイン(写真:生田 将人)
ラウンジのテラスから「水桟敷」越しに庭園を見る。中央の少し出っ張る部分には、シンボルツリーとしてヤエベニシダレザクラを植えている。灯籠の手前は筧(かけい)。石に水を落とし、その音を庭に響かせる。正面の建物の向こう側が二条城。左手はスペシャリティレストラン、その奥に「四季の間」がある。1階正面から右手にかけてはオールデイダイニングとバー・ラウンジが続き、庭園を囲む配置だ。右手のコリドーは千本鳥居をイメージしたデザイン(写真:生田 将人)
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 三井不動産が開発を手掛けて、清水建設が設計・施工に当たった「HOTEL THE MITSUI KYOTO(ホテル ザ ミツイ キョウト)」は、世界遺産・二条城の東向かいに立つ。敷地は吉村順三が設計した京都国際ホテルの跡地で、それ以前は、油小路邸と呼ばれた三井総領家の邸宅があった。

 三井不動産は2015年にこの土地を取得。戦後の財閥解体で三井家が手放さざるを得なかった土地を、三井の名の下に取り戻した格好だ。同社は三井家ゆかりの歴史ある場所に、世界に打って出られる日本発の5つ星ホテルをつくることとし、「継承と新生」をテーマに掲げた。

日本の伝統意匠を援用

 京都市の景観条例により、敷地は15mの高さ制限があり、建物は地下1階・地上4階建てとした。エントランスは、二条城が面する堀川通側ではなく、堀川通から東に入った油小路通側にある〔写真1〕。三井家の時代から受け継がれてきた「梶井宮門」をくぐり、前庭を介して矩折(かねお)りで建物の中に入る〔写真23〕。このアプローチは油小路邸の文脈を継承した。

〔写真1〕エントランスは油小路通側
〔写真1〕エントランスは油小路通側
エントランスは大通りに面した二条城側ではなく、油小路通側に設けた。建物の大屋根は軒の出が1900mmと深い。屋根と軒庇には現代版の「地垂木」、2階以上は窓下のラインに沿って現代版の「裳階」を設け、水平性を強調。栗生氏はこれを「援用」と語る(写真:生田 将人)
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〔写真2〕由緒ある門が表玄関を飾る
〔写真2〕由緒ある門が表玄関を飾る
「梶井宮門」は1703年に別の場所で造営され、1935年に油小路邸の門になった。袖塀とともに全解体して修復や耐震補強を施し、以前より少し北側に移築した。外観の部材は8割以上を再利用(写真:生田 将人)
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〔写真3〕油小路邸に範を取ったアプローチ
〔写真3〕油小路邸に範を取ったアプローチ
門をくぐった先の前庭にはアカマツの群生。矩折りのアプローチの床は、琵琶湖水系の安曇川の石を用いて、「あられこぼし」と呼ばれる技法で仕上げた。景石や十三重塔は油小路邸の遺構(写真:生田 将人)
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 建物の外壁に入る水平線は、寺院の築地塀に見られる定規筋に倣い、軒庇とは別に裳階(もこし)を意識したものを設けた。これらはマスターデザインアドバイザーを務めた栗生明氏(栗生総合計画事務所代表)の意見を反映した。「意匠的に水平性を強調することを提案した。歴史の積層や大地とのつながりを感じさせ、存在感のある建物になる」と栗生氏は話す。

 外壁にはさらに、建具の軽やかさをイメージして縦格子をランダムに設置。縦格子は安定感のある建物に動きを与えるとともに、視線をコントロールする役割も担う。

庭園を中心とする配置

 ロビーは天井が低く抑えられているのに対し、続くラウンジは2層吹き抜け。大開口の向こうに庭園が広がる様子まで見通せ、奥行きが感じられる〔写真4〕。回遊式庭園の大きさは幅約30m、奥行き約50m。栗生氏の推薦により、ランドスケープデザイナーの宮城俊作氏が作庭した(「MORE FOCUS」参照)。

〔写真4〕ロビーとラウンジを対比
ロビー(写真:生田 将人)
ロビー(写真:生田 将人)
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ラウンジ(写真:生田 将人)
ラウンジ(写真:生田 将人)
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ロビーの天井高2600mmに対し、隣接するラウンジの天井高は5650mm。家具の重心を下げているので、天井がより高く感じられる。開口部は「庭園のシダレザクラの見え方を緻密に検証しながら額縁を決めた」(吉田氏)。天井のパイプアートは、インテリアデザインを手掛けたアンドレ・フー氏の作

 ラウンジの大型サッシは引き込んで全開できる。プロジェクトのもう1つのテーマ「庭屋一如(ていおくいちにょ)」に基づき、ロビーから庭までひと続きにできるようにした。「庭屋一如」は日本建築の古くからの考え方で、庭と建物が一体となって調和した状態を指す。

 1階は庭園を囲んで2つのレストランと、かつての奥書院を一部再現した総ヒノキ造りの「四季の間」を配置〔写真5〕。「庭屋一如」はインテリアデザイナーとも共有し、内部はいずれも庭を取り込むようにしつらえてある。

〔写真5〕どの料飲施設からも庭園を望める
(写真:生田 将人)
(写真:生田 将人)
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(写真:生田 将人)
(写真:生田 将人)
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(写真:HOTEL THE MITSUI KYOTO)
(写真:HOTEL THE MITSUI KYOTO)
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上から、鉄板料理のスペシャリティレストラン、「四季の間」、オールデイダイニングに続くバー・ラウンジ。料飲施設のインテリアデザインは赤尾洋平氏が率いるSTRICKLAND。「四季の間」の欄間は桂離宮の「月の字崩し」の本歌取り。床(とこ)は奥行きが1間ある。この床のしつらえや、ラウンジ横にある立礼式茶室「茶居」は、武者小路千家家元後嗣の千宗屋氏が監修

 また、レストランと「四季の間」は庭園に対して雁行(がんこう)している。清水建設設計本部商業・宿泊施設設計部グループ長の吉田進一氏は、「エントランスから先も、油小路邸の平面構成を踏襲し、骨格とした。雁行しながら奥へと誘い、その過程で庭をめでることができる日本の邸宅建築特有の平面構成だ」と話す。

 「四季の間」は多目的・多機能なファンクションルームという位置付けだ。レストランの個室としての利用だけではなく、炉を切っているので茶室としても使える。油小路邸時代の奥書院は、一部が江戸東京たてもの園に保存されている。再現に当たっては、それを実測し、この場所や現代の感覚に合うようにディテールなどを調整した。