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京都の嵯峨嵐山地区に2019年10月1日、長い切妻屋根が特徴の私立美術館が開館した。設計者は、日本画などを守る「蔵」をイメージし、コンクリートの展示室を鉄骨架構で覆った。

桂川の対岸から見た福田美術館。当初は道を挟んで東隣の敷地に建てる予定で、実施設計まで終わっていたが、現在地に変更になった。東隣の敷地では、同じく安田アトリエの設計によるホテルが、2020年6月開業予定で建設中。「美術館とホテルの2つで大きな1つの庭にするイメージだ」(安田氏)(写真:生田将人)
桂川の対岸から見た福田美術館。当初は道を挟んで東隣の敷地に建てる予定で、実施設計まで終わっていたが、現在地に変更になった。東隣の敷地では、同じく安田アトリエの設計によるホテルが、2020年6月開業予定で建設中。「美術館とホテルの2つで大きな1つの庭にするイメージだ」(安田氏)(写真:生田将人)
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 京都屈指の観光名所である嵯峨嵐山地区の中でも、「福田美術館」の立地は抜群だ。桂川に面した敷地からは渡月橋や嵐山を一望できる。

 同館のオーナーは、京都で生まれ育ち、消費者金融のアイフルを創業した福田吉孝社長。「地元京都に恩返しをしたい」という福田夫妻の思いから美術館が設立された。発注・運営者のAYGは福田家の資産管理会社で、福田夫妻の娘の川畑光佐氏が館長を務める。

 建物の設計は、安田幸一東京工業大学教授が主宰する安田アトリエ(東京都目黒区)が手掛けた。15年ほど前に福田社長から「土地を見てほしい」と連絡があり、計画が始まった。福田社長は自然豊かな環境に対してシンプルなたたずまいの美術館を望み、安田氏が日建設計在籍中に設計した「ポーラ美術館」(2002年)を見たうえでの依頼だった。

「蔵」に「縁側」を付ける

 美術館の建物は切妻屋根を架けた2棟から成り、敷地の北側と西側に寄せてL字形に配置した。南側は庭で、眼前の桂川と連続するように大きな水盤を設けた。「水鏡(すいきょう)」をイメージしたというその水面には、嵐山が逆さに映り込む〔写真12〕。

〔写真1〕庭の水盤は桂川へと続くように
〔写真1〕庭の水盤は桂川へと続くように
庭の東側から西側の棟を見る。水盤は階段状で、桂川に向かって約20cmずつ下がっていく。ランドスケープデザインを担当したMLSの三谷康彦氏は、安田氏の日建設計時代の同僚で、日建設計在籍中に「京都迎賓館」、独立後に「鈴木大拙館」などの庭を手掛けている(写真:生田将人)
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〔写真2〕メインの展示棟は嵐山を正面に望む
〔写真2〕メインの展示棟は嵐山を正面に望む
南側の庭には紅葉、桜、赤松を植えている。嵐山全体がかつては赤松に覆われていたことから、植栽の高木としてこれを選んだ(写真:生田将人)
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 メインとなるのは北側の棟で、エントランスはこの棟の東側にある〔写真3〕。北側の棟は、コンクリートでつくった展示室とその外側の廊下を鉄骨架構が覆い、屋根を支える。安田氏は「蔵のように強固な構造体に、縁側を柔らかく張り付けた構成」と説明する。庭に面した廊下が「縁側」に当たる(Pickup Detail参照)。

〔写真3〕切妻屋根の軒は深く
〔写真3〕切妻屋根の軒は深く
東側道路に面したエントランス。景観のために1階の軒は2m、2階は1.5m出した。日射による館内の温度上昇を防ぐことにもつながる。擁壁や庭に用いた石は瀬戸内海の白石島産(写真:生田将人)
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 敷地を含めた周辺は風致地区、特別修景地域に指定され、瓦や土塀などによる京都の伝統的な景観が保存されている。また、美術館のコレクションが日本画を中心とすることからも、安田氏は美術品を守る「蔵」のイメージを当初から抱いていた。同時に、美術館としての開かれた在り方を模索し、「現代の技術を使った和の表現を考えた」という。

 吹き抜けのロビーでは、天井までの大理石の壁が来館者を迎える。大理石は色の濃淡と磨きの違いによって「網代模様」のように張った。縁側のガラス面にも網代模様を基にしたセラミックプリントを施し、壁に見立てることで、大きなガラスは不可とする景観条例をクリアした〔写真4〕。

〔写真4〕網代模様の大理石の壁
〔写真4〕網代模様の大理石の壁
大理石の壁とガラス面の網代模様のパターンは、グラフィックデザイナーの細野一三氏が考案(写真:生田将人)
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1階平面図
1階平面図
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2階平面図
2階平面図
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展示ケースの奥行きは可変

 館内に展示室は3つあり、北側の棟の1階と2階の展示室は、福田社長の「日本画のための展示室をつくってほしい。それも、至近距離で見たい」という要望をかなえたものになっている。展示ケースの内部は美術品に合わせて壁の位置を変えることができ、軸物はガラス面から30cmの距離で見られるのが特徴だ〔写真56〕。

〔写真5〕日本画の鑑賞に特化した展示室
〔写真5〕日本画の鑑賞に特化した展示室
2階の展示室は切妻屋根の形状と鉄板、それを支える鉄骨架構が露出する。天井高は一番高いところで4.75m。両側の展示ケースはガラスに反対側が映り込まないように5.8m離した(写真:生田将人)
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〔写真6〕障子越しのような光で照らす
〔写真6〕障子越しのような光で照らす
1階の展示室も天井懐はない。照明は「ポーラ美術館」や「根津美術館」などを手掛けたキルトプランニングオフィスの豊久将三氏が担当(写真:生田将人)
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 美術品への照明の当て方も工夫した。古い日本画は和紙のしわが付き物だが、その影が出ないように、展示ケース内の上下に設置した照明には光を拡散させるフィルターを取り付け、柔らかい光で包み込むように美術品を照らしている。

 一方、西側の棟は離れのような存在で、1階にカフェ、2階に洋画の展示室がある〔写真7〕。いずれも外を眺められ、開放的だ。縁側からも、庭や桂川、さらに対岸の嵐山へと景色が連なる様子を楽しめる〔写真8〕。絵画と風景、両方の眼福が得られる。

〔写真7〕渡月橋が美しく見えるカフェ
庭から渡月橋まで見渡すことのできるカフェ。深い軒でガラスの反射が抑えられる。時間帯によって、水盤に反射した光のさざ波がステンレスの軒天井に映し出される。安田アトリエがデザインした椅子が「かわいい」と来館者に好評(写真:生田将人)
庭から渡月橋まで見渡すことのできるカフェ。深い軒でガラスの反射が抑えられる。時間帯によって、水盤に反射した光のさざ波がステンレスの軒天井に映し出される。安田アトリエがデザインした椅子が「かわいい」と来館者に好評(写真:生田将人)
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カフェの上にある展示室「パノラマギャラリー」。眺望と洋画を楽しむ(写真:生田将人)
カフェの上にある展示室「パノラマギャラリー」。眺望と洋画を楽しむ(写真:生田将人)
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〔写真8〕「縁側」からは網代模様越しの眺め
〔写真8〕「縁側」からは網代模様越しの眺め
「縁側」と名付けた廊下では、嵐山を借景に四季折々の庭の表情を楽しめる。高透過・防犯ガラスに施された網代模様のパターンは、高さや場所によって線の太さが異なる(写真:生田将人)
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東西断面図
東西断面図
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