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60年以上、若手芸術家の拠点として使われてきた、磯崎新氏のデビュー作「新宿ホワイトハウス」。設計者集団GROUP(グループ)が個展の一環として、改修に着手。パフォーマンスで名建築をよみがえらせる。

 東京都新宿区百人町の裏道に「新宿ホワイトハウス」はひっそりと立つ。1957年、芸術家・吉村益信(1932~2011年)の自宅兼アトリエとして磯崎氏が設計した。吉村を中核とする前衛芸術「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ(ネオ・ダダ)」の拠点となり、1960年にネオ・ダダ展が開催された場としても知られる〔写真1〕。

〔写真1〕建物本体に負担をかけない外構改修
〔写真1〕建物本体に負担をかけない外構改修
東京都新宿区百人町の路地裏にあるギャラリースペース「WHITEHOUSE(ホワイトハウス)」の外観。ブロック塀に設置した小さなカウンターは、塀を補強する役割も持つ(写真:日経アーキテクチュア)
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 その後、画家の宮田晨哉(1925~2009年)の住宅となり、2013年~19年にはカフェとして利用されていた。これまで増改築を重ねてきたが、オリジナルの3間立方の吹き抜け空間は保たれたままだ〔図1写真2〕。

〔図1〕「新宿ホワイトハウス」改修の変遷
〔図1〕「新宿ホワイトハウス」改修の変遷
GROUPは、1957年以降の建物の改変をアクソノメトリックとして表現。建物内の破線が3間立方のアトリエ空間を示す(資料:GROUP)
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〔写真2〕芸術が色濃く残るギャラリー
〔写真2〕芸術が色濃く残るギャラリー
ギャラリーの内部から外を見る。建物内には赤瀬川原平や篠原有司男らがかつて制作した作品が今も神々しく残る(写真:高野 ユリカ)
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 現在は、Chim↑Pom(チンポム)の卯城竜太氏、アーティストの涌井智仁氏、ナオ ナカムラの中村奈央氏の3人がこの場を賃借し、若手芸術家のためのアートスペース「WHITEHOUSE(ホワイトハウス)」として、会員制で運営している。

 だが建物は築60年を超え、今にも崩れそうなほど老朽化している。空間が持つ歴史を残していくために、設計者集団GROUP主宰者の1人である井上岳氏は、「潤沢な予算がなくても、セルフビルドなど僕たちだからこそできる方法で、この建物に介入していきたいと考えた」と言う。

 GROUPは井上氏の他、大村高広氏、齋藤直紀氏、棗田久美子氏、赤塚健氏という若手設計者5人が共同主宰している集団だ。それぞれ大学や企業に勤める傍ら、建築設計やリサーチ、展示、出版なども行う。

 GROUPはまずWHITEHOUSEの建物と塀の間にあるわずか幅1.5m×長さ8m程度の外構部分だけ改修設計を行った。

 建物が築60年を超える木造住宅のため、初めに構造強度を調査。吹き抜けのギャラリーは、1間半のスパンで立つ柱で支えられ、開口部の横には柱がないことが分かった。

 外構改修とはいえ、いかに建物本体に負荷を与えずに機能を付加するかが課題だった。壁面の補強を兼ねてエントランスに門形フレームを挿入し、建物の耐震性を高めた。

 その他、建物本体と離した工作物「空中床」を庭の木のそばに設置。1本柱の「ポスト柱」で支える「物干し台」や、増設の窓枠を生かしたチケットカウンターなども付加したが、いずれも構造的に自立している。