「約80m×50mの鉄板屋根の無柱空間」「ケーブルで空中に浮遊する中層ビル」──。構造設計者の佐藤淳氏に舞い込む依頼には、前代未聞のものが少なくない。「安全確実」が前提となる構造の世界で、前例のないプロジェクトに挑み続ける理由を語る。
東京大学准教授 佐藤淳構造設計事務所主宰

「建築で草原のような空間を表現する」。石上純也建築設計事務所を主宰する石上純也氏は、神奈川工科大学多目的広場(KAIT広場)の設計に込めた思いを、そう形容する〔写真1〕。約80m×50mの大屋根が架かる無柱空間の構造は単純。鉄板を溶接してつくった1枚の屋根を、四方から強烈な力で引っ張るだけだ〔図1〕。
KAIT広場は2014年の完成予定だった。構造設計は小西泰孝建築構造設計が手掛けていたが、途中から佐藤淳構造設計事務所が引き継いだ。佐藤氏の構造設計で建築確認が下り、19年2月25日に着工。20年5月に竣工する予定だ。
KAIT広場は、12mmの鉄板をリブと溶接で接合して1枚の屋根材とします。この鉄板屋根は、太い杭を支点に何本ものアースアンカーで引っ張り上げて固定する構造です。トップライトにはガラス窓を取り付けません。雨も風もそのまま吹き付ける半屋外の空間となります。巨大な無柱空間の天井高は、2mから3mに抑えてヒューマンスケールを維持する。緩やかな窪地状の床面に屋根を架けており、出入り口に近い端部ほど天井高が低くなるつくりです。
この「屋根が垂れ下がる形状」を探り当てるのが難しかった。平面の屋根の両端を引っ張って吊るだけなら、その形状は懸垂曲線を描きます。ロープを両手で持って垂らしたときにできる曲線です。しかし、単純な懸垂曲線の屋根だと天井高のバランスが取れない。端部ほど曲率が大きくなり、天井が高くなってしまうのです。KAIT広場の屋根は中心部が凹み、楕円形のドームをひっくり返したような形状となります。そのため、鉄板を加工して曲率を変える部分もあります。
無柱空間のメガストラクチャーとなる約80m×50mの懸垂屋根は、過去に経験がないサイズのため、解析に苦心しました。温度の変化や風の影響による変形が大きいのです。夏季には熱変形で屋根が下に垂れます。風の影響を受けると屋根がふわふわと動く。こうした動きの最大を想定した場合、上下にそれぞれ約20cmずつ、計約40cmの動きがあると試算しました。地震による上下動もこの範囲に収まるでしょう。
細かい調整は私が引き継いでからやりましたが、構造の基本的な考え方は小西(泰孝)さんのアイデアを踏襲しています。屋根の機構は変わっていません。私が変更したのは基礎です。小西さんは屋根を吊る際の支点となる鋼管杭を斜めに打設する計画でしたが、私は施工のしやすさを重視して、鉛直に設置する構造としました。