2019年10月の台風19号で深刻な浸水災害に見舞われた長野市内では、木造住宅が基礎ごと浮く被害が複数確認された。共通点は、高気密で基礎断熱を採用していたことだ。建築構造の専門家が解析した浮力の発生メカニズムと、浮き上がりを防ぐ提案を伝える。
CASE1 住宅A
決壊地区で基礎ごと200m流れる
「我が家が見当たらない」。長野市に住むA夫妻は千曲川の堤防が決壊した翌朝、堤防の上から自宅の方を見て目を疑った。築40年以上になる両親の家は存在するのに、渡り廊下でつないでいた築14年の自宅(以下、住宅A)が丸ごとなくなっていたからだ〔写真1、図1〕。
住宅Aの敷地は決壊地点から約200m西北西側に位置する。周りには室内が2m近く浸水した住宅が多かった。数棟の木造建築は流され、ばらばらになっていた〔写真2〕。
住宅Aの建物が見つかったのは、そこから氾濫流が流れた方向に約200m離れた道路上だ。元と同じ向きで着地していた〔写真3〕。住宅Aの敷地では氾濫流で土が削り取られる「洗掘」が発生し、地盤を補強していた柱状改良体が杭頭を露出していた〔写真4〕。室内には、損傷した東側の開口部と北側の外壁などから土砂混じりの水が入った跡を示す線が複数残っていた〔写真5〕。
住宅Aは複層ガラス入りの樹脂サッシと押し出し法ポリスチレンフォームの外張り断熱、基礎断熱を施したベタ基礎を採用していた〔図2〕。相当隙間面積(C値)は0.9cm2/m2以下と、比較的高い気密性能だ。
日経ホームビルダーは住宅Aが流された因果関係を追究するため、建築都市耐震研究所(さいたま市)の田村和夫代表に解析を依頼した。田村代表は建築の豪雨災害対策の研究に取り組む。台風19号でも発生後にに住宅Aの被害を現地で見ていた。
田村代表は被害状況と建物の仕様などから、住宅Aは浸水の始まった早い段階で浮き上がり、氾濫流に乗って船のように移動。流速が遅くなり、室内への浸水がある程度進んだ時点で着地したと推定した。
室内に空気がたまった状態で建物の外周部が浸水すると、浸水深に比例する形で建物に浮力が生じる。建物が浮き上がるのは、浮力が建物荷重を上回った場合だ。
田村代表は「気密性能の高い住宅Aは、室内に水が入る速度が遅くなるので、空気がたまって浮力が生じやすかった」と話す。住宅Aの荷重で室内に水が入らない状態だと、外周部の浸水深が基礎下面から高さ93cmを超えたときに浮き出す〔図3〕。
決壊地点では、氾濫流の強い流体力で建物が押し流される被害が発生していた。にもかかわらず、田村代表が住宅Aは氾濫流の到達前に浮いたと推定した理由の1つは、「飾り棚に置いた皿の位置が被災前後で変わっていなかった」というA夫妻の証言があったからだ。田村代表は「氾濫流の流体力をもろに受けていたら、衝撃が強くて皿が同じ位置のままとは思えない」と話す。
もしも住宅Aが浮き上がっていなければ、どのような被害を受けたのか。田村代表は氾濫流を流速毎秒2mの泥水と想定し、2つの被害パターンをシミュレーションした。1つは、基礎下面からの高さが86cm超の氾濫流が押し寄せると住宅Aの基礎下面の摩擦抵抗力が流体力に負けて、流されてしまうこと〔図4〕。もう1つは、住宅Aを地盤に固定した状態で高さ2.9mの氾濫流を受けると、耐力壁が壊れてしまうことだ〔図5〕。