「言わなくても分かる」は限界
亀井会長は、デザイン戦略の作成に2つの狙いを持っていた。
1つは、組織が拡大するとともに社員のプロフィルが多様化したこと。「職種が広がり、外国籍の人や中途入社の人も増えた。『言わなくてもなんとなく分かる』という規模ではなくなりつつある」(亀井会長)
もう1つは「日建設計のデザインのスタンスをさらに社外に向けてアピールしていく必要がある」と感じていたこと。「かつてよりも幅広い仕事をするようになり、社外から見たときに『NIKKEN』と『デザイン』が結び付きづらくなってきた」(亀井会長)
CDOを任じられ、デザイン戦略の作成を打診された大谷・山梨両氏は困惑した。2人とも、「日建設計は大組織とは思えない、縛られ嫌いの集まり」と考えていたからだ。一方で、デザインについて全体で議論する時期であることも感じていた。
2人は、意匠、構造、設備など各領域のベテランクラス約10人から成るデザイン会議を立ち上げた〔図2〕。この会議で草案をつくると思いきや、ここでも「上からルールを押し付けても受け入れられない」という意見が多数を占めた。数回の会議の中で、メンバーがようやく合意したのは、「グループの全社員の議論の中からデザイン戦略を紡ぎ出す」という方向性だった。
ちょうどその頃、世の中を大きな変化が襲った。新型コロナウイルスの感染拡大だ。
20年2月下旬ごろから国内の感染者が増加し始め、20年4月7日、東京などに緊急事態宣言が発令される。「テレワーク」や「リモート会議」が世の中に急速に浸透し、このデザイン会議もリモートに移行した。
テレワークが常態化すると、どの社員も必然的にイントラネット(社内ネットワーク)にアクセスする機会が増える。ならばデザイン戦略についてもこれを利用して議論するのがいい、という方向になった。
ネット上で“全員参加”の議論
20年6月、イントラネット上でデザイン戦略について意見を交わす場として「日建デザインひろば」(以下、広場)がオープンした〔図3〕。出だしは恐る恐るという様子だったが、開設から2週間後に広場の登録者数は1000人を突破した。
開設当初は、具体的な戦略案よりも、日建設計の現在のデザインについてどう感じているかの書き込みが並んだ。例えば、こんなやりとりだ。
A:ものすごく端的に言います。怒らないでください。「日建設計のデザインって、ホームページを見ても保守的でつまらないものが多い。メッセージも感じない」というストレートな意見をとある編集者から耳にしたことがあります。これに対し、「素人は黙っとれ」という空気が少なからず日建内にはあると思います。この辺りの意識を試しに逆にしてみて、「素人に響かないデザインはデザインではない」くらいの評価基準にして1つのゴールにしてみるのはどうでしょう?
B:共感します。日建はBtoBの会社だけど、「豊かな経験」をするのは使用者(素人)ですよね。「思想やストーリーに対する『個人』の共感」が重要な時代で、それを生むことが「豊かな経験」を伝えるデザインの重要な役割と思います。