三浦半島の西側に位置する葉山は、相模湾に面した温暖な別荘地として早くから開けた場所。御用邸を中心に皇族も多く別荘を構えた。ちなみに高松宮別邸の跡地は、現在、神奈川県立近代美術館葉山館となっている。その美術館のすぐ近く、小高い山へ続く坂道を少し上がった場所に、山口蓬春記念館はある。
ここはもともと、日本画家の山口蓬春(1893-1971年)の住まいだった所で、財団法人ジェイアール東海生涯学習財団(現・公益財団法人JR東海生涯学習財団)が山口家から寄贈を受けて、1991年に記念館としてオープンした。山口の絵画を展示するとともに、日常を過ごした家や庭を公開している。
改修の設計者はプランテック総合計画事務所。同社は曙ブレーキ工業本社(Ai-City、竣工2001年)やソニーグループ本社(ソニーシティ、06年)といった大企業の拠点施設を設計し、コンサルティングやホテルの企画運営にも事業を広げた。
そのため代表者の大江匡(ただす)(1954-2020年)は、建築の設計よりもビジネスの展開に重心を置いていた建築家と受け取られがちだが、菊竹清訓の事務所から独立して活動を始めた初期は、隈研吾や竹山聖らと並ぶ気鋭のアトリエ派建築家だった。
作品の特徴は、和風のデザインを取り入れた点で、それも伝統建築をそのまま持ち込むのではなく、抽象度を高めてモダニズムに融合させる。非対称の曲線をあしらった形態や、左官風の肌合いが感じられる仕上げの手法は、西洋建築の引用が主だったポストモダニズムの流行のなかで、異彩を放っていた。
山口蓬春記念館は、住宅の改修だったので、設計面での制約は大きかったはずだが、それでも大江ならではのデザインが随所に感じられる作品になっている。