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町並みの修景計画へと発展

 宮本が小布施で果たした役割は北斎館の設計にとどまらない。斜め向かいに位置する1.5ヘクタールほどのブロックでは、栗菓子で有名な小布施堂や桝一市村酒造場の店舗・レストラン・工場、長野信用金庫の小布施支店、江戸末期の朱子学者であり絵描きでもあった高井鴻山の記念館、戸建て住宅など、多様な建物のほぼすべてを設計している。

 そしてポケットパークや通り抜けの小道も整備し、エリアを回遊できるようにした。それなりに大きなボリュームとなる工場も、外観を周囲の瓦屋根の建物にそろえてなじませ、駐車場も共同化して道路から奥に引き込んだ。これにより、旧街道の雰囲気を受け継いだようなヒューマンスケールの町並みが出来上がっている。

 この「小布施町並修景計画」は、1970年代の半ばから現在に至るまで、少しずつ進められてきた。再開発組合を設立しての一括発注ではなく、それぞれに発注者が異なる独立したプロジェクト群として設計されている。事業年度の縛りにあうことなく、こちらの建物を曳き家したら次はこちらを移すといったやり方で、パズルのように順番に建物を動かして、全体を整えていったという。

 東京では旧山手通りに面した敷地に槇文彦が数珠つなぎのようにして建物を設計していった「ヒルサイドテラス」という良質な都市空間の実例があるが、小布施町並修景計画は、それに匹敵するものだろう。いや、建築主が行政、住民、民間企業とばらばらな点を考えれば、さらなる偉業といえるかもしれない。

 このエリアは北斎館とともに多くの訪問客を呼び込んでおり、小布施観光の中心スポットとなっている。その始まりが北斎館であり、単なる美術館ではなく町づくりの重要拠点になったというわけだ。宮本は小布施で、小中学校、町役場、病院、勤労青少年ホームなども設計している。

A:北斎館入り口 B:北斎館の外側を巡る小道。右側が第3期工事の部分 C:北斎館の第3期、企画展示室前の廊下 D:北斎館の第1期工事部、第4展示室の内部。北斎が天井画を描いた祭屋台が展示されている E:北斎館の企画展示室(第3期工事部) F:共同駐車場「のぼりのひろば」。床面はコンクリートはつり仕上げと洗い出しの組み合わせ G:北斎館から高井鴻山記念館へと抜ける「栗の小径」。クリ材ブロックの舗装 H:笹が植えられた広場の奥に北斎館を望む
A:北斎館入り口 B:北斎館の外側を巡る小道。右側が第3期工事の部分 C:北斎館の第3期、企画展示室前の廊下 D:北斎館の第1期工事部、第4展示室の内部。北斎が天井画を描いた祭屋台が展示されている E:北斎館の企画展示室(第3期工事部) F:共同駐車場「のぼりのひろば」。床面はコンクリートはつり仕上げと洗い出しの組み合わせ G:北斎館から高井鴻山記念館へと抜ける「栗の小径」。クリ材ブロックの舗装 H:笹が植えられた広場の奥に北斎館を望む
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