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民間企業の市街地再開発では、最大規模といえる六本木ヒルズ。2003年に完成し、外資系金融企業やIT関連企業の受け皿となった。産業構造やライフスタイルが転換する時期と符合し、時代を象徴する街が生まれた。

 「森稔が生きていたら、五輪に向けた東京都心の再開発も違っていただろう」と、都市計画家である蓑原敬氏(蓑原計画事務所代表、千葉市)は話す。「彼は自治体や法規制とうまく向き合い、開発の仕組みを考え出す知恵があった」(同氏)

 森ビルは東京都港区で一連の複合開発を手掛けてきた。アークヒルズ(1986年開業)や六本木ヒルズ(同2003年)、虎ノ門ヒルズ(森タワーのみ14年)などがある。

 なかでも社会に大きなインパクトを与えたのが六本木ヒルズだ。開発前の六本木は、夜に遊ぶ場所としての印象が強く、隣接する麻布十番まで中低層の建物が広がるエリアだった。そこに、高さ約238mの超高層ビルを核とする六本木ヒルズが建ち上がったことは、一目で街の変革を予感させるものだった〔写真12〕。

〔写真1〕密集市街地の隣に建ち上がる森タワー
〔写真1〕密集市街地の隣に建ち上がる森タワー
東京都港区の麻布十番商店街から、建ち上がっていく六本木ヒルズ森タワーを見上げる。テレビ朝日の敷地と、南側の住宅地合わせて約11ヘクタールの敷地を対象とした。写真は2001年12月10日号に掲載(写真:安川 千秋)
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〔写真2〕約400人の地権者をまとめる
開発前は1958年に建てられた公団住宅や、木造低層住宅などがひしめき合う場所だった。消防車も入れない狭隘な道路があり、防災上の課題もあった。写真は開発前の対象地(写真:森ビル)
開発前は1958年に建てられた公団住宅や、木造低層住宅などがひしめき合う場所だった。消防車も入れない狭隘な道路があり、防災上の課題もあった。写真は開発前の対象地(写真:森ビル)
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地権者に森ビル社員が説明している様子(写真:森ビル)
地権者に森ビル社員が説明している様子(写真:森ビル)
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